信奉少女は捧げたい

のゆみ

1章 罪悪と神罰

第1話 鬱楼

「ミューリ」


 声が聞こえる。

 懐かしい声。どこで聞いた声だろう。

 それは遥か昔。

 白い鳥籠の中で。


「ミューリ、寝てるの?」


 光が目に入る。

 目が痛い。

 それに腹に何か乗っている。

 ゆっくりと目を開けると、腹の上には、知らない人がいた。


「うぇっ!」


 私は思わず飛び起きる。

 その拍子に、私の上に乗っていた彼女は私の上から転げ落ちる。


「いたた……」

「だ、だれ……?」


 そこには私の知らない少女がいた。長い白髪を携えた彼女は何故か輝いて見えた。存在感というのだろうか。何かが私とは大きく違うような気がする。

 こんな子、この学校にいただろうか。見たところ私と同年代くらいのようだけれど、見覚えはない。少なくとも同じ学年にはいなかったはずだけれど。


 ここは私の部屋なはずだ。昨日もちゃんと鍵もかけたはずで、私以外の人がいるはずがないのに。

 だから私は不審者かと思い、少し身構えるけれど。


「あ、そういえば今日は……」


 今日は16日。5日ほど前に連絡が来ていた気がする。この寮に次の新入生が入ってくると。


 つまりは。


「あなた、新入生? この部屋なの?」

「うん」


 私と同室の子らしい。

 二人一部屋が基本であるこの寮において、相部屋の者が卒業したこの部屋は誰かが入ってくるとは思っていたけれど、まさかこんなにも急というか、私が寝ている内に入ってくるとは。夜に到着でもしたのだろうか。


「あ、えっと、大丈夫? 突き飛ばしちゃったけれど」

「全然大丈夫だよ。これぐらい魔法に当たるのに比べればなんてこないよ」 


 彼女は笑いながらそう語る。

 少しほっとした。これで怪我でもされていたら、気まずいことになるし。


「そっか、その、ごめんね。でも、あんまり乗らないで欲しいのだけれど」


 そう思えば、私は悪くないのではないだろうか。

 寝てる人の上に乗れば、突き飛ばされてもあまり文句は言えない気もする。


「それは、その。ごめんなさい。でも、私、部屋に来たら、ミューリがいて。だから、その、ミューリに会えて舞い上がっちゃって」


 恥ずかしそう、けれど嬉しそうに語る彼女の言い方には違和感を覚えた。

 私は彼女に名を伝えた覚えはない。それどころか。


 それはまるで、私のことを知っているかのようだった。

 でも、私は彼女のことを知らない。

 だから、言ってしまった。


「えっと。どこかで会ったっけ?」


 彼女は、笑顔のまま固まった。


「あー、その。私、あんまり記憶力は良くなくて……」


 数秒間、彼女は固まっていたけれど、

 途端に顔を歪め、目に涙を浮かべる。


 私は焦った。まさか泣かれるとは思っていなくて。

 でも、私が動揺しているうちに、彼女は何かを呟く。


「なんで……私のこと……うぅ……」

「だ、大丈夫? その」


 何か声を掛けないといけないと思ったけれど、何を言えばわからず、私はおろおろするだけで。その間に彼女は立ち上がり叫ぶ。


「ミューちゃんの馬鹿!」


 そして彼女は扉を開き、どこかへと飛び出していってしまった。

 私はただそれを眺めるだけで。


「な、なんだったの……?」


 のろりと、寝床から這い出て、顔でも洗うかと思うけれど、同時に嵐のように過ぎ去った彼女のことを考えずにはいられなかった。

 彼女は結局、誰だったのだろう。彼女は私のことを知っている様子だったけれど、私は彼女のことを知らないはずだ。いや、それともどこかで出会っているのだろうか。


 でも、あんなにも鮮やかな白髪を忘れれるものだろうか。いや、白い髪自体はそこまで珍しいものではないけれど、あそこまで輝きというか、存在感というか、そういったものを忘れてしまうだろうか。一目見れば、忘れることはないような気がするけれど。


 そういえば。


 彼女は私のことを、なんだか変な呼び方をしていた。

 ミューちゃん、と呼んでいた。どこかでその呼び方を聞いた気がする。どこでだっただろうか。


 支給された朝食をかじりながら、古い記憶を探る。

 勘違いだろうか。いや、どこかで。


 どこかで、その呼び方をされた気がする。

 どこだろう。そう、どこかで。


「リナ」


 口に出してみれば、それしか考えれられない。

 随分と古い名前だけれど、それでも確かに私の知っている名。


 友人の名で、そして約束した人の名前。

 もしも私の想像通りなら、なんて酷いことをしてしまったのだろう。約束を、あの時の約束を忘れていた。どうして忘れてしまっていたのだろう。私が友達呼べる誰かは、彼女ぐらいしか存在していたのに。


 私は彼女がそうしたように扉を開け、外へと飛び出す。

 彼女を探すために。


 彼女は思ったよりも早く見つかった。

 扉を開けて、長い廊下を見渡せば、遠くの曲がり角にあの暉く白髪が見えたから。


 私は走って、彼女の元へと向かう。

 息を切らして。

 こういう時に身体強化魔法すらできない自らの魔力を恨む。


 彼女は曲がり角で目に涙を浮かべ、しゃがみこんでいた。

 近づく私に気づけば、その目にさらに怯えを含めながら、こちらを見つめる。同時に小さな期待も見えるというのは、驕りだろうか。


「リナ、だよね? そう、だよね?」


 そう声を掛ければ、彼女はさっきまで泣いてたことを嘘のように笑顔を浮かべる。その輝きに私は潰されそうになるけれど、同時に私の推測が間違ってなかったと知る。


 ことは10年前。

 とある研究所にて、私とリナは出会った。

 色々あって、3年後の私が8歳になる誕生日に分かれることになるのだけれど。


 その時に約束したのだった。


「また会おうね」


 再会を約束したのだった。


 朧気で、穏やかな記憶が蘇る。

 リナは髪は赤色だったし、泣いていることの多い子であったような気はするけれど。でも、彼女は私をミューちゃんと呼んでいた。そして私をそう呼ぶ子は、彼女だけ。


「ごめんなさい、私」

「ミューちゃん!」


 謝罪を口にしようとした私に、彼女は抱き着いてくる。


「そうだよ。リナだよ……久しぶり。また会えてよかった」

「う、うん。私も、嬉しいよ」


 彼女はとても嬉しそうに私との再会を語る。

 でも、正直なところその熱量に私は困惑を隠しきれない。たしかにあの頃、彼女とは仲が良かったけれど、もう7年もあっていないのだから、忘れているものだと思っていた。


 実際、私は今の今まで忘れていたし。

 だからこんなに抱きつかれて、そして泣きそうな勢いで喜ばれても、同じ熱量を変えすことはできない。


「あ、あの、ちょっと」


 私は彼女の腕の中から、這い出る。

 リナに向き直れば、彼女は少し悲しみを含んだ笑顔で私を見ていた。


「その、案内するよ。ここに来たばかりでしょ?」


 彼女の感情に気づかないふりをして、しなければならないことを話す。

 新入生には、同室の者が規則などを教えるのが通例ではある。私も入ったばかりの頃に先輩に教えてもらった。


「……うん。お願い」


 リナは小さく伸ばした手を引っ込める。

 それも見て見ぬふりをして、私は彼女を連れ校内を移動する。


 案内と言っても、そこまでやることはない。

 覚えてないといけないことは、飯が支給制であること。深夜は静かにしていないといけないこと。校外に出てはいけないこと。故に生徒は全員、寮に住んでいること。


 ぐらいだろうか。他にも小さな規則はあるけれど、大まかにいえば、これぐらいを守っていればいいはずだ。


 施設自体も数だけはあれど、特に何をしているかは知らない。多分、それなりのことをしているのだろうけれど、私にはわからないこと。


 まぁ素人目にしてみれば、国立の魔法学校とは言えど、そんなに大層なものはない。

 たくさんの教室。広い校庭。大きな模擬戦場。多種多様な魔導研究所。無数の人を収容できる学生寮。

 色々あれど、色々あるだけな気がする。


「色々あるんだね」


 私達は小1時間ほどで軽く見回り、部屋へと戻ってきた。


「まぁ、ね。あんまり使わないけれど」


 特に私は校庭も模擬戦場も使わないから、それこそ教室と寮ぐらいしか使わない。私は魔法を使えないから、それぐらいだけれど、彼女の場合は、全て使うことになるのだろうか。


「ミューリはいつからここにいるの?」

「えっと、10歳からだから……5年前かな」


 5年も既に経っていることに自分でも驚く。

 最初にここに来てから、私は何も変わっていないというのに。

 いや、どうだろう。時間だけを失っていると思えば、衰えているというべきだろうか。


「り、リナは? 今までどうしてたの?」


 私は自らの過去から逃れるように、彼女に問う。

 すると彼女は、すっと輝きが消え、小さく呟く。


「少しね。色々」


 彼女はそれに触れられたくないように見えた。

 人との関わりなどほとんどない私だけれど、その程度のことは理解できた。でも、だからと言ってどういえばいいかわからなくて、私は黙りこくることしかできない。


「なんていえばいいのかな。未開地探索だよ。まぁ、色々あったんだ。そこでね。ごめんね。これ以上は」

「い、いや。ううん。私が聞いたんだから。私こそ、ごめんなさい」


 過去のことなど不用意に聞くことではなかった。 

 私も過去を聞かれれば、困るのだから。


「謝ることじゃないよ。まぁ、それに目標があったから」


 軽く笑いながら話す彼女の言葉はとても強いもので。

 とても眩しいものだった。

 

 私は、それを。

 こんなこと思う資格もないのだろうけれど。

 でも、羨ましいと思ってしまった。


 彼女はやりたいことがあって、それを成す力も、覚悟があるのだろう。


 私とは違う。

 私には役目はあれど。

 私にはそれを成す覚悟も意志もない。いや、その役割自体、実感すらできていないのだろう。


 誰かに命を捧げるという役目を、私はまだ実感できていない。


「私は、その。すごい、と思う。うまく言えないけれど」


 言語化が上手くできない賛辞を送れば、彼女は薄く笑い。


「ありがと。でも、もうやだな。怖いのは」


 そう言った。

 その言葉は重い。様々なことがあったのだろう。それこそ私のような何もしていない人には想像もできないほどに。


「だから、学校生活は楽しみだったんだ」

「そう、なんだ。楽しめるといいね」


 生憎と私は、楽しめない側だったけれど。

 私は多分、この学校には馴染めない。いや、この魔法社会自体にだろうか。


「楽しいよ。私はこうしているだけで楽しいよ」


 目の前でそう語る彼女が私にはよくわからない。

 だって。


「まだ何もしてないよ?」


 私の疑問は当然のものだと思ったけれど、彼女は優しく笑う。


「私が楽しみにしていた学校生活はね。ミューリとの学校生活だよ。そのために私はこの学校に来たんだから」


 彼女は暉く熱と共に言葉を紡ぐ。

 でも、その熱量に困惑せざる負えない。

 どうして。


「たまたまミューリの部屋が空いてて良かったよ。頼んだら、同じ部屋にしてもらえたし。それぐらいは融通が効くみたいでね」


 どうしてだろう。

 どうしてそこまで昔の友人に過ぎない私のことを気に入ってくれているのだろう。もう霞の向こうの記憶でしかないというのに。


「どうして、そんな」


 わからない。

 もう7年も前に別れて、それ以降一度も出会っていないのに。

 どうしてそんなに。


 小さく疑問を吐く私に彼女は。

 彼女は眩しい笑顔と共に想像もしないことを言う。


「ミューリが好きだから」


 その笑顔は昔の記憶と同じように輝いていた。

 そしてその笑顔に私は不思議と胸が高鳴るのを感じた。

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