急転直下と秘密兵器【修正版】

「お前は……!?」


 振り向いた百目とどめが、驚愕の声を上げる。

 いつの間にか開いていたドアの隙間からは、男子生徒……盗撮写真の連絡役、杉田の顔が覗いていた。

 夏樫なつかし冬壁ふゆかべの武装した姿を見て驚いていたようだったが、さっきまでの話を聞いていたようで、


「まさか女子が女子の盗撮をしてたなんてな……けど、アンタもここで終わりだな。あの写真はオレがもらうぜ、せいぜい最後にたんまり儲けさせてもらう!!」


 言い捨てると、踵を返して走り出す。


「待っ……待て!!」

 

 大いに動揺した様子で百目は後を追った。浮かべていた虹色のカメラも、その半分ほどが消えてしまう。


「あらら、エラい慌ててんなあ」

「あの写真……? 何のことだ?」


 首を捻っていると、谷間の底に落ちたロボが体を起こし、その恐ろしげな頭から何かを発射してきた。


「こっちも放っておけないみたいね」


 冬壁がハサミをX字に広げてガード。しかし、飛んできたそれはトリモチ状に広がって黒い刃にこびり付いてしまう。


「あちゃー、遊んだる言うたからには相手したらんとんなあ。じゃ、冬壁ちゃん頼むわ。後三分で閉まるから早めにな~」

「言ったのはアンタでしょうが」

「今度また添い寝したるから、な?」

「……アンタが勝手に入ってくるだけでしょ!」


 軽口を叩きながらも冬壁は開閉出来なくなったハサミをロボットに向けて投げつけると、床を蹴って谷底に飛び込んで行った。

 落下しながら、新しいハサミを抜く。

 夏樫はそちらを一瞥もせず、おれの腕を掴んで引っ張った。


「じゃ、ウチらはあの二人を追っかけるで」

「おい、押しつけていいのか?」


 冬壁を案じて夏樫を見ると、むしろ不思議そうに横目でこっちを見た。


「ウチが冬壁ちゃんなら任せられると思ったんやから、大丈夫やで?」

 

 ちっとも心配していない、揺るがない信頼。それを見せられてはおれも黙るしかない。

 

「ほんじゃ、マサキくんは例のブツでアレしてな。いくで~」

 

 百目たちの出て行った戸口までは夏樫が開けたクレバスが広がっているが、彼女が白い鎌を一振りすると目の前に引き裂いたような空間の傷が出来た。その穴の向こうに、杉田と百目が走っていく姿が、魚眼レンズみたいに歪んで見える。


「これは……?」


「エセリアルテレポート~♪ ファストトラベルや、いっといでマサキくん」


 国民的アニメの便利キャラみたいなイントネーションだ。なんとも気が抜けるが――


「え、ここ通るのか!?」


 躊躇う間もなく、夏樫がおれをその空間の裂け目につっこむ。

 体全体が圧力で細いパイプにぎゅっと押し込まれるような苦しさが三秒ほど続き――次の瞬間、学校の中の別の場所に出て、勢い余って尻餅をついた。


「部室棟……?」


 しかも、廃部になって使われていない部屋が並んでいる所だ。

 言い争う声が聞こえ、おれはそちらに首を巡らす。 


「待ちなさい、アレはわたしが……」

「アンタはもう終わりだって言ってんだよ!」


 杉田が、追い縋る百目の手を振り払うと彼女はバランスを崩して廊下に倒れた。手にしたカメラを庇った結果、膝と肘を強く打ち付ける。

 杉田は構わず、廃部室の一つに駆け寄ると、思い切り靴底を叩きつけた。古いベニヤ板が鈍い悲鳴を上げる。


「杉田!? 何やってんだ!?」


 おれの叫びに答えたのはうずくまる百目だった。


「あそこに隠した写真は生徒会長、氷鏡の……絶対表に出せない写真よ。どんな奴にも売るわけには……」


 言いよどんだ様子から、スカートの中や下着姿では済まない何かであることを察した。


「なんでそんなものを撮ったんだよ!」

「それは……だって、こんなことになるなんて……」


 今更のように後悔を顔に浮かべる百目。少し可哀想になったが、杉田が蹴り続ける扉は今にも破れそうだ。もう止められない……!


「オレが独り占めだ!」


 叫んで踏み下ろした杉田の足が、派手な音を立てて貫通し、彼は中に潜り込む。


「ああ……」


 百目が呻く――と、直後ドタンバタンと物をひっくり返す音と、

「ひぃー死に神ぃ~!?」と裏返った悲鳴が中から聞こえた。

 内側からガチャンと鍵が開き、破れたドアを押し開いて、顔面蒼白の杉田が転がり出て来る。

 何事かと、灯りのない廃部室の中を見ると――


「ヒヒヒー……ッ」


 目深に被ったフードからこぼれる白い髪を揺らめかせ、巨大な鎌を携えた、死神としか言いようのない姿でいかにも死神っぽい笑い声を上げる夏樫が出てきた。どうやら廃部室の中に直接現れたらしい。

 つり上げた口の端はいかにも凶悪で獰猛。笑うドクロを連想させ、背中が総毛だつ。背後から冷気が放出されているようだ。

正体を知っているおれですらビビるのだから、腰を抜かして廊下にへたれこんだ杉田はというと。


「な、なんだよ、来るな、来るなよ……!」

「ヒヒー……この部屋に入るなら、頂くでぇ……キミのた・ま・し・い……」

「ひっぃ! も、もう入りません!!」

 

 突き出した手を必死に振る彼に向かって、死神夏樫は手にした白い大鎌の切っ先を鼻づらに近づけた。


「ヒヒ~……悪い子はいねーが―……」


 それはなまはげだ。だが杉田はもう何を言われても決壊寸前だったようで。


「うわ、こいつ漏らしやがった……」


 しょわわ……というなんとも情けない音と共に、制服のスラックスにシミが広がっていき、アンモニア臭が漂う。コイツ、漏らしやがった……。


「ヒヒヒヒッ……マサキくん、今や、アレ使うて」


 急に口調の戻った夏樫に促されて、さっき空間の歪みを通ったときにおれの手の中に例の『秘密兵器』が出現していたことに気づいた。

 慌てて、それを杉田に向けて構え、シャッターを切った。その音に、

「え、」


 と我に返ってこちらを見る彼に、あいまな表情を作りながら、おれは手にした秘密兵器インスタントカメラをちらりと見せた。

 カメラの下部のスリットから、ゆっくりとせり出してくるカードを、そっと手に取って感光しないように伏せ、十秒ほど待ってから裏返す。

 お手軽に現像されたその写真は、怯え切って失禁する杉田をしっかりと映していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る