盗撮魔を捜せ①

 おれ、定森雅紀さだもりまさきはけっして優等生ではない。それこそ別の学校の生徒と暴力沙汰になったことだってある。まあ、おれがボコボコにされて終わったんだけど。

 だから頭の出来だってよくはない。成績はもちろん下から三番目以内をキープしている。

 だもんで、今回の生徒会長サマの「お願い」は正直どうしたらいいのかさっぱり、お手上げだ。

 だいたいどうやったら、誰にも気づかれないように女子のパンチラや着替えを撮影してるヤツを捕まえられるってんだ。

 見せられた写真の中は全部ピントがばっちりパンツやらブラやらに合っていた。まぐれで映ったならもっとブレブレのはずだ。

 ハナから狙ってその位置でカメラを構えていたとしか思えないワケだが、廊下なんかにうずくまっていたら誰でも気づくだろう。

 着替えの場合は、写真の存在が発覚した後に女子更衣室を風紀委員が隅々までひっくり返したが、何も見つからなかったらしい。

 中には非常階段の鉄板の隙間や、いつも鍵がかかっている屋上の柵の外側から撮ったとした思えないアングルのものまであったそうだ。

 そんな立ち入り不可能なところから撮影するなんて人間業じゃない。そんなマネが出来るなんて、まるで……


「まさか異質物いしつぶつ、なんてな……」


 自分で口に出した言葉にそっとして頭を振る。

 異質物。そう呼ばれるものの一つはつい数か月前までおれの体の中に確かにあって、それを狙ってきたとんでもない奴らと、これまたとんでもないオンナノコ二人がバチバチやり合うことになった。

 まあフジモトが助かったのはアレのお陰でもあるが、正直また関わるのはゴメンだ。

 仮に異質物だとしたら打つ手なしなので、ひとまずはここからの調査活動に専念する。待ってろ、さっさとはた迷惑なピーピング・トム(覗き野郎)をとっ捕まえて生徒会長サマに突き出して晴れて自由の身になってやる。


 その日の休憩時間のほとんどを使って、おれは非常階段や廊下のすみなどを見て回った。

 どれも生徒会室で見せられた盗撮写真の背景の場所だ。そのうち女子更衣室や女子トイレなんてまず入れないが、オープンスペースならワンチャンある。

 盗撮野郎がカメラを仕掛けた痕跡がないか、あわよくば今日もそこにカメラが仕掛けられていないか、自分の目で確認しようと思ったんだ。


「ない……」


 どこも空振りだった。現場を見て改めて分かったが、くだんの写真に写った場所とアングルを考えるとまず気づかれないのは無理な距離と位置だ。某アメコミヒーローの蜘蛛男みたいに張り付いたり、天井や窓の外から撮ったとしか思えかったりするアングルもある。

 もちろん手がかりなんてあるわけなく、ため息をついたおれの肩が重くなるだけだった。


「はあ……」

「そんなところで何をしているの」


 最後に回った、屋上に続く階段で肩を落としていると、後ろから冷ややかな声を掛けられ、3センチほど胃袋が浮き上がった。


慌てて振り返る。風紀委員の腕章をつけ、腕組みした女子生徒がおれを睨んでいた。タイの色は青。生徒会長と同じだ。つまり上級生。

 吹奏楽部の楽器の音が、気まずい空気の中で響く。


「あんた、朝の風紀委員の……」


 朝、会長サマの所におれをしょっぴいた風紀委員の、ややエラがはってはいるが校内で上位に食い込むとされている整った顔。その吊り上がった目が、ショートボブの前髪の下からおれに向けられていた。名前は確か、珍しい名字で……


「とどめき、だよな?」


百目とどめ貴美子きみこよ。苗字はと・ど・め」


 何度もそう訂正しているといったうんざりした調子。話せば話すだけ苛立たせてしまいそうだ。慌てて説明する。


「あ、ああ悪い、百目さん。 おれは、アレだよ、会長サマに頼まれたからで、けっしてやましいことは全然」


「ああそう、私たち風紀委員が調べて回っているから十分なのに、ご苦労なことね」

 

 やや視線を和らげて、百目は肩をすくめた。


「君が見た所は全部私たち風紀員が一度調べているわ。隠れて写真が撮れそうな場所や隠しカメラは皆無よ」

「そ、そういうことは先に行ってくれよ……」


 がっくり肩を落とす。


「でも、私たち風紀委員も生徒会も、当然生徒たちに顔を知られているわ。なにしろコレがあるし」


 そこで百目は左袖の腕章をくい、と右手で示した。


「だから写真を買った生徒も売った生徒も、そうそう私たちの前ではボロを出さない。風紀委員の男子に客のふりをさせようとしたけど、取引には応じてこなかったわ。……まあ、その男子がウソをついて寝返ってる可能性もあるけど。しょせん、男だからね」


 そこでまた視線が厳しくなり、ぎり、という歯ぎしりが彼女の口から聞こえておれは足がすくんだ。どんだけ男が嫌いなんだ。

 まてよ。だったら、おれならそいつらに警戒されない……?

 思いついたことを実行すべく、おれは踵を返した。


「わかった。おれは違うところを調べてみる。ありがとな」


 なんとなくカッコつけてみる。背中に刺さる百目の視線が冷ややかなのが残念だが。


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