終焉の悪女は廻る運命に踊らされ
かべうち右近
第1話 口説かれる悪女
店内では、テーブルを挟んで向かい合って座る者たちであふれかえっている。どのテーブルも和やかだ。けれどもその中の一つ。およそ十八歳くらいの男女がテーブルを囲んでいるところだけなんだか様子がおかしい。
男性のほうは右目に眼帯をしていてかなり目立つ。しかし、それを除けば琥珀を思わせる柔らかな金髪に、群青色の瞳は優しげに細められていていて、いかにも優男風だ。女性のほうはといえば、釣りあがった猫目でややきつい印象を受けるものの、美しい銀髪にアイスブルーの瞳で見目麗しい。ただし、彼女のほうはやけに気まずそうな笑顔で固まっている。
彼女らのいる王都には様々な店があり、焼き菓子を買うような店や、ドレスの仕立て屋など、女性の目を喜ばせる店がたくさん並んでいる。その中でも焼き菓子とお茶などの飲み物を一緒に出してくれて、店内で楽しめるサービスを提供しているカフェテリアでデートするのが近頃の王都での流行りだった。
もっとも、そのカフェテリアに連れてこられた本人はそんな俗世の事情などいっさい知らない。ただ、人の多さで人気なのだろうと思うくらいだ。それよりも今の彼女には目の前の男性にどう相手するかで頭がいっぱいだ。
「このお茶の香りはリュシエンヌも好きだったよね」
「え、ええ。好きです、レナルド様」
顔がひくつかないのを必死でこらえながら、彼女――リュシエンヌが答えれば、男性――レナルドは嬉しそうにする。
「よかった。ごめんね、朝食もまだだったなんて思わなくて。ゆっくりして?」
「ありがとうございます……」
リュシエンヌの前には軽食とお茶が並んでいる。対するレナルドの前には小さな焼き菓子がいくつかとお茶だ。レナルドはお茶を飲んではいるが、視線は終始リュシエンヌを追っていて、彼女は落ちつかなかった。彼を見返せば、レナルドは何かに気がついたようににこっと微笑んで、焼き菓子を一個つまみあげる。そうして、リュシエンヌの前にすっと差し出した。
「食べたいの? どうぞ?」
リュシエンヌの口に直接運ぼうとしてきたその手に驚いて、彼女はとっさに「違います」と手を振る。
「あれ、じゃあどうしたの?」
「……ずっと私を見てらっしゃるので……私の顔に、何かついていますか?」
「うん? ああ」
合点がいったようにレナルドは頷いて、手に持っていた焼き菓子を彼女の唇にそっと当てる。それで彼女は思わずぱくっと食べてしまった。サクサクとした焼き菓子が空腹の今の彼女にはやけに甘く感じられる。それはきっと彼に手ずから食べさせられたというのも影響しているのだろう。
(まるでカップルみたいなことを……)
思った瞬間に頬が赤らんだ。それをレナルドは満足そうに見ている。
「ふふ、可愛い。ごめんね? リュシエンヌといられるのが嬉しくてつい、ね。お茶会以外で一緒にいられるなんてないだろう?」
とろりと目を細めて微笑んだレナルドの声音は甘く、いかにも愛しさが溢れているかのようだ。
(こんな甘い目線を向ける人だったの?)
整った顔に微笑まれて、心臓が跳ねそうになりながらもリュシエンヌは息を整えて「そうですか」と小さく答える。彼女の背後には護衛騎士が立っているが、彼にはこの状況を助けてもらうことはできないだろう。
不意に、レナルドがリュシエンヌの髪を一筋すくって、口づける。
「可愛い婚約者と朝から一緒にいられるなんて、僕は幸せ者だよ」
心から言っているようにしか聞こえないその声に、リュシエンヌは戸惑いしかない。それは、見目の麗しい婚約者から口説かれることに舞い上がっているわけではなかった。
(この人、本当はイリスのことが好きなのに、どうして私を口説くようなまねをするんだろう)
「リュシエンヌ?」
「いえ」
そばにいられるのが嬉しいとばかりの声をあげている彼の態度が落ち着かない。それはレナルドの本心を彼女が知っているからだろう。
「なんでもありません」
苦笑いを浮かべて見せて、リュシエンヌは考える。
(悪役令嬢を幸せにしたいとは思ったけど、婚約破棄する予定の人に口説かれてもね……)
彼女の内心をよそに、レナルドはただ嬉しそうにリュシエンヌを見つめ続ける。
リュシエンヌがこんな状況になったのは、つい二日ほど前のことだった。
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