頭の上のポンコツ

田山 凪

第1話

 キッチンカーに備え付けられた換気扇がノイズをたてながら回っている。ノイズと表現するに至ったのには理由がある。僕が立つ場所からちょうど人一人分隣の頭上に、灰色か汚れにまみれた銀色の板が左右に伸び、中央の編みの中で羽が回る。回転が一分間で何回など詳しいことは、学のない僕にはわからないことだが、定期的に異音を発生させる。よく知らないがパーツが緩んでいるのか本当に定期的になるのだ。

 同じテンポで異音を発生させるのだから、ある意味で正確とも言える。まったくもって不愉快な正確性だ。

 この異音。いや、ノイズと言う方が僕にとって都合がいい。不愉快の度合いはその方が伝わりやすいからだ。このノイズを聞いているのは僕一人。こんな狭い場所で立った一人だ。ここにあるのはスマートレジとレンジとシンクとフライヤーと、あとは細かい道具。要は一人で金銭の受け取りを済ませ料理の提供を行う。

 これだけだらだらと考えてしまうのも一人ゆえの無駄な思考ごっこだ。ただ、これを表だっていうほどでもないし、そもそも社会的地位が高くない僕がこんなことをだらだらと誰かの目の前で語ってしまえば、それこそ面倒な人間のレッテルを張られてしまい居場所など簡単になくなる。ゆえに思考ごっこで済ませるほかないのだ。

 ノイズが酷かろうと換気扇本来の役目をこなしてくれるのなら問題はない。しかし、このような前振りがあるということは問題があるわけだ。

 必死に回っていることは回転する度に発生するノイズで嫌でも伝わってくるが、それにしては煙を吸い込まない。もくもく立ち込める煙を森に発生した濃霧のごとく僕を取り囲み、左右前後の感覚さえも奪ってきそうだった。

 さすがにこれでは客に迷惑と感じ、手を伸ばし換気扇の回転を弱から強へ切り替える。先ほどよりも視界は晴れてきてが、それ以上にノイズはけたたましく鳴り響き僕の声さえかき消しそうなほどに盛り上がりを見せている。

 こちとら一人で作業していてテンションなど上がるはずもないというのに、機械仕掛けのお前が盛り上がってどうするのだと、ついツッコミさえしたくなるほどだ。

 ようやく煙が消えたところで弱に戻す。だが、晴れたのは換気扇だけのおかげではなく、もちろん窓を全開にしたおかげでもある。要はこいつだけではまだ煙はモクモクだったというわけだ。

 結局のところ、こいつに頼り切るわけにもいかずなんとか折り合いをつけてこちらが器用にやらなきゃならんのが面倒だ。面倒ではあるがどこかそういう試行錯誤に楽しみを見出そうとするほどには暇を持て余している。


 数日後、換気扇が新しくなっていた。以前の物が年金暮らしで世の中に文句だけを垂れる老人ならこれは二十代後半のエリート社員といったところ。

 これなら調理を同時に行いながらでも煙に悩まされず快適だ。事実この換気扇が来てからというもの、煙で目が痛み咳を繰り返す日々はぴたりと止まった。あまりにも簡単な解決策ではあるがこうもあっさりと解決されると今までの自分の不器用ながらに試行錯誤してきた日々が無駄だったのだと思いしらされる気分にもなる。

 ただ、一つ不満というか、表現するのが難しいのだが、一種の愛着。いや、それは僕にとって認めたくない言葉になる。では、わびさびと表現しておこう。足りないと感じるのだ。

 確かに軽快に回る羽に圧倒的吸引力は今まで使っていた換気扇とは比べることさえおこがましいと感じる。完璧なのだ。前の換気扇が弱と強だけの二段階で今回の五段階。さらには煙を感知するセンサーによって自動で周り初めて強さも勝手に決めてくれるというのだ。

 そう、文句のつけどころがないほどに完璧だ。

 なのにどうしてだろうか。あの悪戦苦闘の日々はどこかボロボロの換気扇とのコミュニケーションのように感じていた。いまとなってはだが。

 僕は僕自身を褒めることができない。それはごく一般的なレールからそれてしまったことが最大の原因で今も続く問題。だから自己肯定感というのは低い。

 ただ、伝える分には低いが案外自分の中では悪くないんじゃないかと思えてしまう。これもまた一つの問題だが、それは置いといてあの換気扇もまた、自分がボロボロでうるさいと理解していながら、がんばれば仕事はこなせると主張していたように思えて仕方ない。

 お前が頑張れよ。お前が対応しろ。そんな罵詈雑言のオンパレードであの日々を送っていた。それは決して言葉として現実に発したものではなく、機械仕掛けの道具と道具のように単純作業をする人間の、なんでもないただの日常の空想のやりとりだったのだ。

 自分でさえ馬鹿らしいと思うのだから他者からすればどれだけくだらないことか。

 しかし、そう経たないうちにこの便利な状態に慣れていくのだろう。そしていつかまた文句を言い始める。この連鎖は終わらない。終わってしまっては困る。

 時代が進み追いつけなくなった時、身近に人がいなければ文句をつける相手は道具くらいしかない。せめて、ポンコツな道具と一緒に切磋琢磨するぐらいには、世界の進化は遅くてもいいんじゃないかと、くだらない日常の中に感じた。

 

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