願いの叶う鱗

青時雨

前編

ここは、世界で最も海との境界線がない街だよ。

どういうことかって?

砂の上に街があってね、満潮時には道に海水が流れるんだ。魚たちは街に遊びに来るし、人間も靴を脱いで歩くんだ。

水陸両用の車だってタイヤを閉まって、忽ち船に大変身。

凄いでしょ?

だけど、どんなに海との距離が近くても人魚は人間が嫌いだ。

何でって?

だって、人魚の鱗は願いが叶うから。

もし人魚が満潮時にこの街へ訪れたら、魚屋の店主に釣り上げられて店に並べられちゃう魚みたいに、引き上げられて鱗を毟り取られちゃう。

鱗を取られたくらいじゃ死なないけど、海で他の人魚に笑いものにされるだろうね。

鱗を取られるよりも恐ろしいことがあるってしつこく周りの人魚たちに怒鳴られたけど、どうだか。

神秘的な力が云々、海の力が云々って言う同種族のやつらなんかより、生きるために魚を取って食べる現実的な人間の方が好きだ。

だから僕も人間になりたい。



「いらっしゃいませー。願いの叶う鱗です!嘘じゃあありませんよ?、あっちのお嬢さんもそっちのお兄さんもみーんな願いが叶ったとおっしゃる」



みんなこぞって鱗を買っていく。ちょっとお高めにし過ぎたかな、って店を始めた頃は思ってたけど、願いが叶うとわかればこのくらいの値段なら払ってくれるみたい。


僕が長袖長ズボンで肌を隠していても、誰も気づかない。みんな願いの叶う鱗に夢中だから。

僕が人魚だってことには誰も気づかない。みんな願いの叶う鱗に夢中だから。


僕の鱗は品のないオレンジ色だって、よく馬鹿にされたっけ。

でも、人間は「太陽みたいな素敵な色」とか「深い緑色に煌めくのね」って褒めてくれるんだ。ありがとうって言ったら僕が人魚だってバレちゃうから言えないけど。


鱗を売りつくした日には、旅に出たいな。人間として。

鱗を売り始めたのは稼ぐためだけど、鱗が手元からなくなっていくほど、人間に近づいている感覚があった。

だから、早く鱗なんか売って人間になって旅をしたい。好きなだけ旅をしたら、海の見えない場所で生きていきたいな。




残る鱗は後三枚。

最近気分が優れないけど、きっとこれはまだ人魚の体が完全な人間になるために必要な具合の悪さなんだろう。



「いらっしゃいませ」



そのお客は、「夏!」「素敵なバカンス☆」といったいつもの客とはちょっと違う。なんだかおどろおどろしくて気味が悪い。でも客は客だ、いつもどおり接客しよう。



「店主さん」


「はいはいっなんでしょう?」


「あんた、人魚だね?」



今の、周囲の人に聞かれた?

焦るが、何故か人気がない。そんなこと、僕がここで屋台を出した時から一度もなかったけどな。



「……営業妨害です。根も葉もないことを」


「この鱗、色が派手で珍しい。この手の色の鱗を持った人魚はなかなか釣り上げられないんだよ。なぜならこういう鱗を持った人魚は賢く警戒心が強いから、人魚の鱗をむしるようなこの街にはなかなか姿を現さない」


「へぇ〜そうなんすね。じゃあ僕は運がいい。そんな賢くて警戒心の強い人魚を釣り上げられたんだから」



「鱗を取られるよりも恐ろしいことがある。聞いた事あるかい?」


「さあ?」


「まあいいさ、そうやってごまかしていても遅かれ早かれ知ることになるんだからね」



気味の悪い客は支払いを済ませて、いつの間にか戻っていた人々の喧騒の中に消えていった。まるで煙のように。



「…よし、切り替えよう。ただのはったりだ。いい鱗を売ってる僕が羨ましいだけ。うん、きっとそう」

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