飛ぶ男〜屋上から飛び降りようとした男が老人と出会う〜

赤坂英二

第1話 飛び降りに来た男

 若い男はあるビルの階段を上る。


 屋上に立つ。見下ろす景色は人が砂粒に、車が蟻に見えるほど小さい。


 恐ろしく強い風が男の体を吹き抜ける。


 若い男は高いところが好きなわけではない。


 むしろ苦手である。


 若い男は死にに来た。


 ふと街を歩いていて、飛び降りるには良いビルだと感じたのである。


「ここから飛び降りれば、確実だな」


 見下ろした地面は硬いコンクリートが寒々としている。


 まさに自殺にはうってつけの場所である。


「さて・・・」


 履いていた靴を脱ぎ、中に遺書を入れる。


「この柵を越えて、落ちるだけだ」


 若い男はサラッと、自殺の仕方を勉強してきた。


 誰でもわかるように書かれた医学書を読んだり、自殺がテーマのドラマを見たり、自殺志願者の声をネットで探したり、である。

 実際は医学書を書いた著者の前書きを本屋で立ち読みのみ、ドラマも好きな女優が出ているから見たのだが。


 だから靴を脱いだり、靴に遺書を入れたりしたことに、若い男は「陳腐だな」と思った。


 だがそれでいいと思った。




 さて、準備は整った。


 あとはここから一歩踏み出すだけで、全てが終わる。


 そう考えると、若い男の膝はガクガクと震えた。


 終わる喜びか、悲しみか。




 そんなことはどうでもいい、どうせ終わるのだ。


 若い男は両手を広げ、目を閉じた。


 人生最後の風を感じる。




「これ、そこの若いの」


 若い男はばっと目を開き。振り返る。


 そこには老人が立っていた。

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