参:黒金
『ルール講座Ⅰ』
あくる日の放課後。数学棟教材室前の廊下にて。囲碁部部長の
「歓迎しますわ、
「よくぞ参られた、
「……」
「では早速ですが、わたくしたちの目標、学生囲碁団体戦について説明いたしますわ」
その辺に放置されているホワイトボードに向かって、ステラはペンをとる。
「まず、一校につき一チームが参加可能。メンバーは大将、副将、三将の三名が必要ですわ」
大将は相手大将と、副将は相手副将と、三将は相手三将と戦い、うち二局を制したチームが勝利する。
「大会の最終ステージは、もちろん全国! ただしそこにたどり着くまでには、関門がありますわ」
埼玉県予選と関東地区予選だ。埼玉県予選においては優勝が、関東予選においては上位三チームへの入選が突破条件となる。
「当面の目標は県予選! 開催日は五月の末です。あと一ヶ月と少しですわね」
時間はほとんど残されていない。
「雪花さまも、出場するからには、やっぱり勝ちたいですよね! 大丈夫です。猶予はあまりありませんが、勝機はあるかも、って!……わたくし、そう思っています。ほら、勝負はドキドキの運とも言いますし!」
「言わないわよ! 時の運でしょ、時の運!」
とうとう黙っていられなくなって、雪花が語気を荒げる。その勢いにステラが怯えた。
「ひっ、……ど、どうされましたか? なにかお気に触りましたでしょうか?」
「どうもこうもない! 三人目の部員の話よ。本当にあのクソ陰陽師を引き込むつもり?」
鷺若丸がすかさず「
「彼女はこの学校の生徒で、囲碁も打てる。申し分なし!」
「申し分あるわよ! あいつと一緒のチームだなんて納得いかない!」
ステラは左右の指先を合わせて、もじもじと説得を試みる。
「だ、団体戦は、孤独な個人戦と違って、チームでの戦い。互いが助け合い、励まし合えば、個人の限界を超えて、未知の力を体験することができる……、らしいですわ。えっと、だから、その、……いっしょに囲碁を楽しめば、陰陽師さまとも仲良くなれるかも?」
「冗談じゃない!」
雪花はその目に、蒼い憎悪をみなぎらせた。席を蹴り、鷺若丸を睨む。
「あんたに助けられたことは事実だし、囲碁部に入るのはいい。囲碁のことなんかなんにも知らないけど、団体戦に出ろって言われるのも、まあいいわよ。でも、あの、クソ陰陽師と一緒っていうんなら、話は別!」
雪花は一息に、そうまくしたてると、自分の鞄をひっつかんだ。
「もしあいつが部に入るなら、あたしは帰る。だってあいつら
雪花は歯を食いしばり、黙り込んでしまう。まさにそのタイミングで、話題の人物が姿を現した。陰陽師、土御門
「なに、わたしの悪口大会?」
たまらず雪花が唸り声をあげる。
「なんでこいつがここにいるのよ」
悪びれずに手を挙げたのは、鷺若丸だ。
「我が呼んだ。ひとまず、部の雰囲気だけでも知ってもらおうと思うてな」
雪花と天涅は、互いに接近して睨み合う。天涅が珍しく表情らしい表情を浮かべて、雪花を嘲笑した。
「帰りたいなら、尻尾を巻いて帰りなさい。それも仕方のないこと。おまえは所詮、逃げることしか能のない、三流妖怪だもの」
「……な・ん・で・すってぇ~? 漆羽様にたてつく、忌々しい怨敵め!」
「ならおまえは、人と妖の狭間にいながら、妖に手を貸す邪魔者ね」
「ここで妖たちの無念を晴らしてやってもいいのよ。雪だるまになりたい?」
「平安の君との契約では、こちらから手を出さないことになってる。けど、正当防衛なら話は別」
冷たい火花が激しく飛び散る。近くで右往左往していたステラは、慌てて二人の間に割って入った。両手で、天涅の手を握る。
「あの、あの! 土御門さま、せっかくいらしたのですから、ご迷惑でさえなければ、その、わたくしと一局、お願いしてもよろしいでしょうか?」
少し考える間を置いた天涅だったが、意外にも提案を受け入れた。
「……。分かった。相手する」
「……では早速!」
彼女の気が変わらないうちに、とステラが机に走っていく。
「土御門さまと鷺若丸さまの対局、拝見しましたわ。それはもう素晴らしい一局でした!」
「そう」
褒められた天涅だが、その反応は鈍い。ステラは二つ折りの碁盤を机に広げた。
「わたくし、鷺若丸さまと打つ時は三
あらかじめ三つの黒石を置いてから対局を始めさせて欲しいという提案だ。天涅は再び考慮したのち、今度は首を横に振った。
「いえ、ニギリで」
ハンデなしの互先をやろうというのだ。ステラは少し驚いたが、これを快諾した。
彼女は雪花と鷺若丸の方に目配せをする。
「銀木さまは鷺若丸さまから囲碁のルール講座を受けておいてください! で、では、わたくし、頑張って対局してきますわ」
こんな状況だが、自分より上手の相手と戦うことが、楽しみで仕方ないという感じだ。ニギって先手番・後手番を決めると、ステラは頭を下げた。
「お願いします!」
「……」
天涅は頭を下げなかった。
○
雪花は鞄を投げ出し、頬杖をつく。眉間のしわは深い。本音を言うと、やはり気が進まない。しかし、ここで引き返すのもそれはそれで気が引ける。土御門の陰陽師から逃げ出したようで不愉快だ。
そんな彼女の前に、鷺若丸は碁盤と碁石を用意した。
「まずは基本なることより始めよう。ずばり、囲碁とはなにか?」
彼は両手で碁盤を示して言った。
「それすなわち、『領土戦争』なり」
「領土?」
鷺若丸は碁盤のふちを四角くなぞる。
「これを一つの島と考えよ。縦横に
今、目の前にあるのは十九×十九の線が引かれた、十九路盤と呼ばれるものだ。碁盤の中では、もっともメジャーなサイズだ。
鷺若丸は続いて
「この石は兵士だ。先手番の黒石。後手番の白石。互いの打ち手がそれぞれどちらかを持ち、交互に路の交差点へ遣わしていく」
説明しながら、実際に盤へ石を置いていく。同じ色の石を並べて、大きな四角形を作った。
「見よ。兵士たちを並べて、土地を囲い込んだ」
「それが領土ってこと?」
「そう! この場合は、内側に九つの交差点がある。よりて、九
雪花にも、鷺若丸の言いたいことが読めてきた。
「つまり、この島のあちこちに兵を並べて、より多くの縄張りを囲い込んだ方が勝つ。そう言うゲームってわけね」
まさに領土戦争だ。鷺若丸は雪花の理解を肯定する。
「より広き地を持つための駆け引き。それこそ囲碁の基本。……というわけで、次はその駆け引きを、もっと刺激的にする要素を教えよう」
逆光の中、鷺若丸の目が光った。
「すなわち、殺し合いだ」
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