いつも『きらら』がいてくれる
涼月
第1話
私の人生には、いつも『きらら』がいてくれる。
と言っても、まだ二十六年の人生だけど。もっと正確に言えば、きららと出会ったのは八歳の時だから、えーっと、十八年の人生でってことかな。
きららは白茶とらの美しい猫だった。お祖母ちゃんの家で生まれて、我が家へ迎え入れた子。
生まれたばかりのきららは、兄弟姉妹の中でも一番ちっちゃくて、ママのおっぱいにうまくかぶりつけなくて、目を閉じたまま聞こえないくらい小さな声で鳴いていた。
しばらくたってもよたよた。他の子が元気に走り始めても、じいっと隅っこで縮こまっていて、ようやく出てきたと思ったら、つるっと滑ってべちゃっと潰れて。情けない顔でみゃぁって助けを呼んでいる。
そんな姿が自分に重なって胸がぎゅっと痛くなった。
私も臆病で怖がりで、その上のんびり屋だから、学校ではみんなより時間がかかってしまう事が多かった。体育の着替えはいつも最後、工作物は時間内に終わらず、九九の小テストはタイムオーバー。かけっこもビリだから、学校帰りはよく友人に置いていかれてしまった。
それで、すっかり元気を無くしていたから、きららが我が家に来てくれて、物凄く嬉しかったんだ。
臆病なきららは、家に来た日も隅っこのほうで震えていた。当時まだやんちゃ盛りの弟が、疾風のように駆け回り始めると必死の形相で高いところへ逃げようとする。でも、うまく登れなくてみゃうって悲しそうに鳴き始めた。
だから私の膝に避難させてあげたの。
きららと一緒で怖がりの私。くにゃくにゃに柔らかくてほかほかと温かい生き物に触れるのは勇気が必要だった。
でも、きららを安心させてあげたくて必死だったから。
私の上で、ようやく緊張が解けたように眠り始めたきららを見て、初めて達成感を感じた。
私だって、頑張ることができるんだって。
それから、きららはいつも私の側に居てくれた。
大きくなってもドジっ子のきららは、運動神経が悪すぎて猫らしさが微塵も無い。でも、それが可愛くて愛おしくて。
つぶらな瞳で見上げられたら、ふわぁって幸せな気持ちになれて、今日一日の嫌だったことが全部ちっぽけに見えてきて吹っ飛んでいった。
だからかな。私が自分を嫌いにならずにいられたのは······
そんなきららが逝ってしまったのは、世界中がパンデミックで身動きできなくなった頃。
私は、なんとかしがみついていた派遣の仕事を切られてプー太郎状態だった。
分かってる。正社員の人だって危機的状況だったから、非正規雇用で仕事も遅い私なんかは、最初に切り捨てられてもしかたない。頭では分かっていたけど、いざその時を経験したら、やっぱり辛い。
だって、社会からお前はいらないって言われたような気がしたから。
そんな私を慰めるようにぴとっと体を寄せて慰めてくれたきららの体調が急変したのは、それから間もなくのこと。
寝る間も惜しくて一生懸命看病した。
片時も目を離したくなかったから、家に居られて良かった······そう思った時、涙が止まらなくなってしまった。きららはもしかして、私に『家に居る理由』をくれたんじゃないかって。解雇じゃなくて看病だよって。
でも、それできららが苦しいのは嫌だよ!
早く元気になってよ!
私の願いは届かなかった。
きららの命は、すうっと空気に溶け出すように消えていってしまった。
もう、何にもする気になれなくて、毎日が無駄に過ぎていく。
重苦しい世間の片隅で、更に陰の気を引き寄せるブラックホールのような存在。
家族の心配が伝わってくるけれど、自分でもどうしたら良いのか分からなかった。
そんな私に光をくれたのも、やっぱりきららだったんだ。
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