ダンジョンの管理人

ラモン

第1話

 ん? もしかしてお客人、僕のことが見えるのかい?

 そりゃあ珍しい、僕のことが見えるなんて、けっこうレアな素質を持っているね。

 なんだって? 僕が何者か?


 あはは、そりゃ疑問に思うよね。ダンジョンの中に、ろくな装備も持たず普通の服を着た奴がいたらさ。

 そうだな……僕はこのダンジョンの『管理人』ってところかな。

 このダンジョンを訪れる人たちが、気持ちよく利用できるように、あれこれ管理するのが仕事だよ。


 そんな存在がいるなんて聞いたことがない?

 それはそうさ、僕のことは普通なら見えるはずがないからね。

 お客人みたいな特別な素質を持った人なんて、それこそ何万年に一人いるかどうか。僕だってこのダンジョンの管理人になってから、初めて会ったくらいだよ。


 しかしお客人も珍しいね、ダンジョンに一人で潜るなんて。

 普通は四、五人くらいでチームを組むものなんじゃない?

 ……あーなるほど。パーティーメンバーが怪我をして、パーティーとしては休業中なのか。

 それで、お客人は腕が鈍らないようにこの浅い階層に潜っていた、と。


 どおりで、この辺りで活動するには装備が立派だと思ったよ。

 しかしそう警戒しなくてもいいじゃないか。別に僕はお客人と敵対するつもりはないんだ。

 管理人といっても、僕は傍観者でしかないからね。別にお客人がどれだけここにいるモンスターを倒しても、特に何も思いやしない。



 え? 管理人なんて聞いたことも無い?

 あははは、当たり前じゃないか。管理人なんて、本来なら誰とも出会うことがない存在なんだから。

 お客人みたいに僕のことが見える存在の方が珍しいんだよ、普通はね。


 それに僕を倒そうなんて思っても無駄さ。僕はこのダンジョンの管理人、つまりこのダンジョンとは一心同体。

 僕を倒すってことは、いわばこのダンジョンを完全に消し去るのと同じことなんだ。

 そんなの不可能だろう?


 嘘だと思うなら攻撃してみてもいいよ。

 たぶん僕に触れることすらできないと思うから……って、躊躇しないねお客人。

 でもわかっただろう? お客人もけっこう強いみたいだけど、触れることすらできないだろう?


 いやそんなに何度も斬りつけても結果は変わらないよ?

 別にこれはお客人たちが使っているようなスキルを使っているわけでも、特殊能力とかってわけじゃあないんだ。

 単純に僕たち管理人は『お客人たちと存在している次元が違う』からなんだよ。



 水に映った月を斬ることはできないだろう? それと似たようなものさ。

 だからさ、いい加減斬ろうとするのはやめてくれないかな。



 ……うん、わかってくれたみたいだね。

 まあここで出会ったのも何かの縁だ、少し僕の話し相手にでもなっておくれよ。

 管理人になってから、こうして話せる相手に出会ったのは久しぶりでさ。いろいろと話を聞いて欲しいんだよ。


 お客人もそろそろ帰ろうとしてたところだろう?

 ね? 少しだけでいいからさ。



 ありがとう、お客人。

 ところで……話を聞いて欲しいなんて言ったものの、恥ずかしい話なんだが、実は何から話したものかわからなくてね。

 仕方ないだろう、人と話すのは本当に久しぶりなんだ。


 こうしてお客人と普通に話せてることを褒めて欲しいくらいだよ。

 だからさ、お客人の方から僕に何か聞きたいことはないかな?



 ……ふむふむ、ダンジョンの管理人が何をしているのか、か。

 まあ気になるよね。当然の疑問だと思うよ。


 そうだなぁ、まず管理人の仕事の代表格といえば、ダンジョン内の清掃だね。

 お客人みたいな人たち……冒険者っていうんだっけ? うん、その冒険者たちが倒したモンスターの死骸とか、逆にモンスターに倒された冒険者たちの死体とかね。


 それ以外にも、君たち冒険者が捨てていった道具とかね。

 不思議に思わなかったかい? お客人たちがどれだけ瓶やらランタンの残骸やらを捨てていっても、ダンジョンでそういったゴミを見たことはほとんどないだろう?


 それは全部、僕が掃除していたからなんだ。

 感謝してくれていいよ、お客人だって死体やゴミが放置されているところなんて、入りたくはないだろう?

 お客人たちが気持ちよくダンジョンを探索できるのも、僕が頑張っているからなんだ。



 お客人と会った時も、ちょうど掃除をしていたところだったんだよ。

 本当さ、ほら見てよこれ。お客人の前にあそこを通った冒険者の捨てていった、ポーションか何かが入ってたビンさ。

 こういうのを集めて捨てるのも、管理人の大事な仕事のひとつなんだ。


 ん? 集めたゴミをどうしているのかって?

 そりゃあ捨てるに決まってるじゃないか。ダンジョンにはそういったゴミなんかを捨てる区画が用意されていてね、そこにゴミを捨てると分解されて、ダンジョンを運営するための魔力に変換されるんだ。


 だからお客人も、僕が掃除しているからって遠慮してゴミを捨てることをやめたりしなくていいんだよ。

 お客人たちがゴミを捨てていってくれるからこそ、こうしてダンジョンを運営していけるんだからね。

 むしろゴミを持ち帰ったりされると、運営するための魔力が不足して困っちゃうんだ。だからむしろどんどんアイテムを持ち込んで、どんどん捨てていっておくれ。



 ……っと、どうやら人が来たようだ。

 名残惜しいけど、ここまでにしておこう。

 言っただろう? お客人は特別なんだ、普通は僕のことなんて見えないんだ。


 このままだと、お客人は虚空に向かって話す変な人になってしまうよ?

 もっと話を聞きたい? ははは、そう言って貰えるのは光栄だけど、どのみち僕のことは忘れてしまうよ。

 さっきも言ったけど、僕はお客人たちとは次元が違う存在だ。


 そういった存在のことを、お客人たち人間の脳は覚えておけない。

 僕がここを立ち去れば、すぐに忘れてしまうさ。



 なぁに、僕のことが見える特別なお客人。

 君とは縁があるだろうから、そのうちまた会えるさ。その時には、今日のことを思い出せるだろう。

 それじゃあ、また会える日を楽しみにしているよお客人。



 よい冒険を!





◇◇◇◇◇




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