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 と、松島は星野監督が2018年の初めに亡くなった時の事を思い出した。癌だったが、公に明かされていなかったという。東日本大震災を乗り越えて、東北を熱くしてくれた。楽天イーグルスを日本一に導いてくれたあの名将が亡くなった。多くの楽天イーグルスファンは衝撃を受けただろう。松島も衝撃を受けた1人だ。


「星野監督・・・」

「星野監督がどうしたの?」


 石橋は思った。星野監督で何かを思い出したのかな?


「2018年の初めに亡くなったんだね」

「うん。東北を熱くしてくれた、元気を与えてくれたのに」


 彼らも、星野監督の死は衝撃を受けた。もう少し生きてくれると思っていたのに、あまりも突然の死だった。


「残念だったね」

「そして、背番号77は永久欠番になった」


 楽天イーグルスは、東日本大震災を乗り越えて楽天イーグルスを初の日本一に導いた星野監督の背番号『77』を永久欠番にした。監督の背番号が永久欠番になるというのは、日本球界では初めての事だ。


「すごいよね」

「ふと思ったんだ。中継ぎや抑えに先発を登板させたの、思い切りの良さだったのかなって」


 石橋は呆然となった。あの時、どうしてエースの田中将大が投げたんだろう。最高のエンディングを用意したいと思ったからそうしたんだろう。みんなそう思っていたが、思い切りの良さがあったんじゃないかとは?


「えっ!?」

「星野監督、北京五輪の野球日本代表の監督をしてたんだけど、メダルを獲得できなかったんだ。で、張本勲さんが指摘していたのは、思い切りの良さがないってとこなんだ。ひょっとして、あの時見せた思い切りの良さが、楽天イーグルスを日本一に導いたのかなって」


 星野監督は、それ以前にに中日ドラゴンズや阪神タイガースを率いてきて、中日ドラゴンズで2回、阪神タイガースで1回リーグ優勝をしていた。だが、日本一になった事はないという。松島もそれは気になっていた。だが、その答えは北京五輪の星野ジャパンの4位でわかったかもしれない。後日、サンデーモーニングの週刊御意見番で、張本勲が指摘した、星野監督の短期決戦の弱点は、思い切りのなさにあったと言っていた。だから、あの反省点を踏まえて、第7戦は先発ローテーションの1人である則本昂大を中継ぎにしたり、エースの田中将大を抑えにしたんじゃないかと。


「そっか」

「あの人、中日や阪神の監督もしてたんだけど、3回リーグ優勝したんだ。だけど、日本一にはなれなかった。思ってみれば、それも思い切りの良さがなかったからなのかなって」


 松島は最初、思っていた。星野監督はリーグ優勝にはできても、日本一にはできないんじゃないかと。


「うーん・・・」


 だが、彼らは黙り込んでしまった。あまりにも難しい話だったようだ。


「難しい話をしちゃったね。ごめんね」

「いいよ」


 そして、楽天イーグルスが日本一になった2013年には、もう1つ大きな出来事があった。それは、2020年の五輪開催地が東京に決まった事だ。誰もが歓喜し、7年後の未来に期待した。


「あれから東北は順調に復興していったんだ。それに、東京でオリンピックが開かれるって聞いて、これからもっと明るくなるんじゃないかと思った」


 それを聞いた時、彼らは喜んだ。いよいよ日本は、東日本大震災から復興していき、力強くなっていくんじゃないか。これから明るい未来が待っているんじゃないかと思った。


「東京オリンピック、生きている時に見たかったな。そして、みんなで感動を分かち合いたかったな」


 石橋は泣きそうになった。こうして幽霊で見るんじゃなくて、生きているうちに見たかったな。


「その気持ち、わかるよ。時代が令和になって、さぁこれからってところで、新型コロナウィルスが世界中で大流行して、何度も緊急事態宣言が出て、イベントが中止や延期になって、東京オリンピックが1年延期になって」


 その横にいた猪川(いかわ)は泣きそうになった。2019年の5月、現行が平成から令和になった。そして、誰もが来年の東京五輪に期待していた。


 だが、その年の暮れに中国の武漢で新型コロナウィルスが発生した。最初は何ともない気持ちで見ていたが、春になって日本でも流行し始め、イベントが次々と中止、延期になった。夏に行われるはずだった東京五輪は1年延期になり、多くの人々が肩を落とした。


 その後は、先行きの見えない未来の中で生きた。いつになったら、新型コロナウィルスは収まるんだろう。そして、いつになったらいつも通りの日常が戻ってくるんだろう。だが、どんなに祈っても、元の日常は戻ってこない。そんな中で開催された2021年の東京五輪は、無観客開催で、選手村は隔離されていた。とても静かな大会となった。だが、多くの人々を感動に包んだ。だけど、華やかな中で開催されてほしかったな。そう思うと、新型コロナウィルスが憎いと思ってしまう。


「わかるわかる。その時はひどかったな。どうしてこんな世界になったんだろうって」

「どうして神様は試練を与えるんだろう」


 と、石橋は思った。どうして神様は、人間に試練を与えるんだろう。これから明るい未来が待っているはずだったのに、どうしてこんな事が起こるんだろう。ひどすぎるよ。


「その気持ち、わかる! わかるよ!」

「だけど、それを乗り越えた東京オリンピック、感動したな。だけど、無観客で、迫力に欠けてた」


 石橋も、東京五輪がつまらないと思っていた。リオ五輪は賑やかだったのに、どうしてこんなに寂しいんだろう。


「確かに。リオオリンピックはとても賑やかだったのに」

「でも、見れたかったからよかったじゃん!」


 だが、松島は励まそうとする。1年遅れだったけど、見れただけでいいじゃないか。日本での五輪開催なんて、滅多にない事だもの。


「うん。でも・・・」


 猪川も泣きそうになった。だが、松島は肩を叩いた。励まそうとしているようだ。


「もう泣かないの!」

「うん」


 と、石橋は今年の元旦に起こった能登半島の大地震を思い出した。それを見て、石橋は東日本大震災を思い出したようだ。


「コロナ禍も収まって、これからまた復興していくだろうと思ってたのに、今度は能登半島で大きな地震が起きて」

「知ってる知ってる! どうしてこんな事になったんだろうって」


 そして翌日も、その翌日も大きな災害が起こった。どうしてこんなにひどい事が正月早々に起こるんだろう。まるで地獄を見ているようだ。早く日常に戻ってくれと願うしかなかった。


「それに、明日は飛行機事故だし、その次の日は北九州で火事で」

「なんか新年からいろいろ起こりすぎて・・・」


 猪川もそれが気になっていた。どうして新年早々からいろいろ起こりすぎるんだろう。新年が明けた気が全くしない。めでたいはずなのに、どうして?


「今年はいい年になってほしいのに・・・。どうしてこれからって所で試練が起こるんだろう」

「だよね。その気持ち、よくわかるよ」


 また暗い話をしてしまった。石橋は反省して、また明るい話題をしようと思った。


「だけど、いい事も起こったんだよね」

「何?」


 松島は石橋の方を向いた。まだ、話したい事があるんだろうか?


「岩手の陸前高田出身の佐々木朗希が2023年の3月11日、ワールドベースボールクラシックに登板したんだよ」

「そうなんだ」


 それは去年の3月11日だった。この春はワールドベースボールクラシックという、野球の国別世界大会があった。今回の日本、つまり侍ジャパンは、ノーヒットノーランや完全試合を達成した投手が並び、打撃では史上最年少で三冠王となった村上宗隆、今年からレッドソックスに移籍する吉田正尚などがいる、最強ともいえるメンバーだった。中でも20歳で完全試合を達成した佐々木朗希は岩手県の陸前高田市出身で、しかも3月11日に登板するってのがジーンときた。


「2022年に完全試合を達成した時は、陸前高田が大盛り上がりだったんだよー」


 去年、佐々木朗希が完全試合を達成した時には、地元の岩手県陸前高田市は大盛り上がりだった。グッズが売れ、ソフトクリームが19円になった。


「日本、優勝したんだね。準決勝の逆転サヨナラタイムリーは興奮したなー。原付より速い周東の足がサヨナラ勝ちに導いたんだ。周東は一塁でも得点圏、だっけ?」

「うん」


 松島は、それをニュースで知った。もう負けるだろうと思っていた9回裏、大谷翔平が2ベース、吉田正尚が四球になり、村上選手に打席が回った。その時、1塁に代走が送られた。周東佑京だ。周東は日本球界で一番早いと言われた俊足で、一塁でも得点圏になるほどだという。村上がセンターにヒットを放った時には同点になったと思われたが、そのすぐ後ろまで周東も迫ってきていて、サヨナラのホームインをした。あの時のスピードは、原付の法定速度よりも速かったという。


 石橋はふと思った。これから日本は、東北はどうなっていくんだろう。どんなに変わろうとも、東日本大震災の事を忘れずにいてほしいな。


「これから、日本は、東北はどうなっていくんだろうね」

「わからないけど、忘れないでほしいな。2011年の3月11日に、東日本大震災があって、多くの命が奪われたって事を」


 松島は思った。これからも、東日本大震災の事を語り継いでいくのが、生きていく人々の使命かもしれない。

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