あの日とそれから

口羽龍

1

 今日は2024年3月11日。またこの日がやって来た。この日は東北にとって、いや、日本にとって忘れられない日だ。2011年の今日、3月11日の14時46分、宮城県の沖合でM(マグニチュード)9の大地震が起きた。その地震は、後に東日本大震災として語り継がれている。15000人を超える人々が亡くなり、多くの海沿いの集落に大津波が押し寄せたという。それから、東北は復興の道を歩んでいくが、この日を決して忘れた事はないだろう。そして、それを教訓に、防災をしっかりとしておかなければと思っているだろう。


 だが、今年の小学校の卒業生は、東日本大震災の後に生まれた子供たちだ。東日本大震災を経験していない。だが、年上の人々がそれを語り継いでいて、この日が東日本大震災があったと知っている。


 高田光揮(たかだこうき)は宮城県の海沿いの町、普本(ふもと)に住んでいる。光輝は小学校6年生。卒業式まであと少しだ。来月からは中学校だ。より遠い場所にある中学校まで、自転車通学をすることになる。大変だけど、耐えなければ。


 この集落も東日本大震災の被害を受けた。大津波が集落を襲い、多くの人が津波にさらわれ、亡くなったという。海沿いの公園には、彼らの慰霊碑が設けられていて、毎年3月11日なると、多くの人々がこの慰霊碑の前で黙とうをするという。


「もうすぐ卒業だね」


 家でテレビゲームをしている光輝は横を向いた。そこには赤崎陸(あかさきりく)がいる。陸は同級生で、光輝と共に卒業する。だが、来月から父が東京に転勤になるため、東京の中学校に入学する。小学校は一緒だったのに、中学校は一緒ではない。寂しいけれど、別れを乗り越えて人は強くなっていく。耐えなければ。


「うん」


 光輝は笑みを浮かべた。楽しい6年間だったけど、もうすぐ終わる。そして、新しい生活に入る。中学校生活が楽しみで楽しみでたまらない。


「セリフ、練習してる?」

「うん。もう完璧」


 卒業式では別れの言葉でセリフが用意されていて、それぞれが決まったセリフを言わなければならない。みんなが見ている一発勝負の卒業式だ。完璧に言えるようにならなければ。


「頑張ろうね!」

「うん」


 と、そこに光輝の母、千尋(ちひろ)がやって来た。母はエプロンをつけている。


「光輝ー、陸くーん、そろそろよー」

「はーい!」


 その声とともに、2人はリビングに向かった。今日は3月11日だ。そろそろ黙とうの時間だろうか?


「何だろう」

「黙とうの時間さ」


 陸は感じていた。今日は3月11日だ。きっと黙とうだろう。


「もうそんな時間だな。1階に向かおう」

「うん」


 2人はリビングにやって来た。すでに千尋はソファに座り、その時間を待っている。


 14時45分だ。もうすぐ黙とうの時間だ。3人とも準備はできている。


「来たね」

「うん」


 と、千尋は東日本大震災が起きた時の事を思い出した。あれは今でも忘れられない。だからこそ、語り継いでかなければならない。あまりにも悲惨な出来事なのだから。


「あの頃は大変だった。地震が起きて、津波が来るから逃げろと聞いて、高台に逃げた。だけど逃げ遅れて、津波に飲まれて死んだ人もいた。まるで地獄絵だったな」


 千尋は泣きそうになった。あの津波で多くの人が死んだ。その中には、幼馴染もいた。もう会えないんだと思うと、涙が止まらなくなる。どうしてこんな事になったんだろうと悔しくなってしまう。


「うん」


 14時46分になり、それを知らせる時報が鳴り響いた。


「黙とう!」


 その声とともに、3人は目を閉じて、黙とうをした。この13年間に色んな事があったけど、その中で、東北は復興への道を歩んできた。そして、その日の記憶を後世に語り継いできた。これからも、いつまでもその時の記憶が語り継がれますように。


「黙とう、終わり!」


 その声とともに、3人は目を開いた。黙とうが終わると、3人は大きく深呼吸をした。


「光輝は東日本大震災を経験してないよね」

「うん」


 光輝は東日本大震災を経験していない。だけど、今からちょうど13年前にこんな災害があった事は知っている。両親や近所の人々、先生から聞かされた。毎年3月11日は黙とうをしている。


「だけど、かつて東日本でこんな事があって、多くの命が奪われたってのを、忘れてはいけないのよ」


 だが光輝は首をかしげた。どんな事が起きたのか、想像できない。


「首をかしげるんじゃないの!」

「ごめんなさい・・・」


 首をかしげる光輝を見て、千尋は怒った。東日本大震災を忘れてはいけないのに、どうして知らないようなふりをしているんだ。


「だからこそ、まさかの備えが大事なんだ。今年の元日に、北陸で大きな地震があったよな。あれを見て、母さん、東日本大震災を思い出したんだよ」


 千尋は今年の元日を思い出した。新年が明けたお祝いムードだったのに、夕方に能登半島を中心に大きな地震が起きた。そのたびにニュース速報で言われていたのが、東日本大震災を思い出してくださいというアナウンスだった。まさに、こんな大きな地震が起きた時こそ、思い出してほしい事だ。津波が来るかもしれないから、高台に逃げなさい。余震が起きるかもしれないから、気をつけて歩きなさい。だからこそ、死者が東日本大震災より少なかった。


「そうなんだ」

「それに、阪神・淡路大震災も思い出したんだよ」


 もう1つ、千尋が思い出したことがある。1995年の1月17日の5時46分にに起きた、阪神・淡路大震災だ。阪神高速の高架が倒壊したり、阪急の伊丹駅が押しつぶされたり、長田地区で大きな火災が起きたり。まるで地獄絵図だったことを思い出す。


「それ知ってる! 神戸の人々が1月17日の未明に黙とうをするやつだよね」


 光輝も阪神・淡路大震災を知っていた。毎年1月17日になると、早朝5時46分に黙とうをするニュースを見た。今年の灯篭の文字は『ともに』だった。北陸で大きな地震が起きた事が原因だ。1人ではない、共に助け合おう、の思いが込められたという。


「ああ。東日本大震災が起きた時、それを思い出したんだよ。あの時も阪神・淡路大震災を思い出したんだよ」

「そうなんだ」


 千尋は、東日本大震災の起こったあの日の事を思い出した。




 それは2011年の3月11日、14時46分、突然の事だった。強い地震が起き、千尋をはじめ家族はみんなパニックになったという。


「ん?」

「地震だ!」


 その声とともに、家族はみんなテーブルや机に隠れた。なかなか揺れは収まらない。みんな、恐怖を感じている。家が倒壊するのでは。そして、下敷きになり、死ぬのでは?


「収まったか」


 揺れは収まった。だが、まだ安心してはならない。海から津波が来るかもしれない。大きな揺れだったから、津波はとても大きいだろう。


「逃げろ! 津波が来るぞ!」

「うん」


 その声とともに、千尋とその家族は高台に向かった。外では多くの人が高台に向かっていく。みんな、焦っている。早く上がらないと。


「パパー、ママー!」


 中には、下敷きになって、逃げられない人々の家族もいた。泣いているが、それでも逃げないと。逃げ遅れた人々、逃げられない人々の分も頑張って逃げないと。


 高台にやって来た人々は、普本の町並みを見ていた。いい町だったのに、がれきの山になり、所々では火災が起きている。まるで地獄絵図だ。


 それからしばらくすると、大津波がやって来た。その大津波はとても高い。2階建ての民家をあっという間に飲み込んでしまった。よく見ると、飲み込まれて悲鳴を上げる人々もいる。中には飲まれて意識を失った人もいる。どうして普本が、こんな目に遭わなければならないんだろう。誰もが思っている。


「どうして、この町がこうならなければいけないんだろう」

「つらいよ・・・」


 千尋も泣いている。故郷がこんな姿になるなんて、誰が想像したんだろう。どうか、夢であってほしい。だが、これは現実だ。


「おじいちゃん・・・」

「おばあちゃん・・・」

「正一・・・」


 家族を失った人々は肩を落としている。これからどうやって生きていけばいいんだろう。全く先が見えない。だけど、生きていかなければ。


「どうして、こんな運命になったんだろう」

「平和な日々を返せ!」


 だが、何度叫んでも、あの平和な日々は戻ってこない。そしてその日から、3月11日は忘れられない日になった。




 その話を、2人は真剣に聞いていた。出来事は知っていても、詳しい事を聞くと、改めて真剣になってしまう。


「そんな事があったんだね」

「その記憶を、これからも語り継いでいかなければ」

「そうだね」


 2人は改めて思った。3月11日の記憶を、僕らが語り継いでいくんだ。

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