第40話 精霊の森の異変 6

 アッシュとトラムは魔物達のヘイトを引き受けてくれている。

 リコのおかげで数が減ったとはいえ、あの魔物に加えて神精樹の相手をするのは厳しい。

 二人が魔物達を引きつけてくれているおかげで、オレ達への被害が大幅に減った。


(人の子よ! なぜ歯向かう! なぜ抗う!)

「そんなセリフを吐くってことは追い詰められた証拠だな。HPが半分以下ってところか?」


 ボスがこの手のセリフを言うってことは戦いも佳境ってことだ。

 さすがの【再生】でもオレ達が重ねたダメージを完全に回復できない。

 オレに飛んでくる【枝の鞭】も今は慣れたものだ。


 【観察】による攻撃の軌道分析をして回避ルートが見えている。

 おかげで【風の回避】で避けきることができた。

 アクションRPGで何度も敵の攻撃パターンを見て覚えるのと要領は似ている。


(この人の子、先ほどとは別の個体であるか!?)

「何を言ってるんだよ。同じだよ」

(我が知る人の子の動きではない!)

「じゃあ、オレも……成長したってことだなッ!」


≪【格闘(修行中)】から【格闘(マーシャル)】にスキル進化しました≫


 オレが神精樹にアイスナックルをぶち当てると、幹が大きくえぐれる。

 パキパキと【再生】をしているけど明らかに間に合ってない。

 レイリンの連蹴りで追い打ちをかけて神精樹が傾いた。


 一見してあと少しに思えるけど、オレの腕もそう長くはもたない。

 このアイスナックルの重量は今のオレの腕にはかなりの負担があった。

 ポーションを飲みながらオレは腕を押さえている。


「シンマ、後は私だけでやるからリコちゃんの近くにいてやりなよ!」

「ありがたいけど油断しないほうがいい。こういう時こそ気を抜けないのがボス戦だ」

「は?」


 神精樹が枝全体を大きく揺らした。

 はらはらと木の葉が落ちてきたと思ったら突然空中を舞う。

 その木の葉すべてが鋭くオレ達を斬り裂いてきた。


「ぐうぅぅっ! ほ、ほらなッ!」

「いぎぎ……やばっ、出血が……」


 RPGのボスの中にはHPが減ると攻撃パターンが変わる奴もいる。

 戦い中盤まで優勢に進めていても突然大技を放たれて全滅なんてこともあるくらいだ。

 オレはこれをぶぎ切れモードと呼んでいる。


(許さぬ! 人の子の分際で神への敬いを忘れるとは! 許さぬッ!)

「やっぱりぶぎ切れモードじゃないか。こりゃこっちもモタモタしていられないな」


 ダメージを受けているのはオレやレイリンだけじゃない。

 リコやアッシュ、トラムにも被害が及んでいた。

 リコにも予め回復アイテムを渡してあるけどHPの低さからして下手をすれば一撃で、なんてことも考えられる。


 レイリンもリコもあの二人も死なせるわけにはいかない。

 オレはアイスナックルが装着されている右腕を見た。

 腕がジンジンと痛んで、せいぜいあと一発が限界ってところか。


「レイリン、オレがあいつにマシンガンストレートをぶちあてるから攻撃を凌いでくれ!」

「え? ちょっと!」

「今の一撃であの木はオレの攻撃を何としてでも受けたくないはずだ! さすがに妨害されたらさっきの威力を出せるかわからんからな!」

「わかったっ!」


 物分かりが早くて助かる。冒険者たるもの臨機応変に対応しないとな。

 オレは右腕に力を入れて構えを取った。

 今の【スキル進化】で覚えたスキルを使う時だ。


 オレは腰を深く落とした。

 両サイドから【枝の鞭】が迫ってレイリンがそれを蹴りで弾く。

 しっかりと深呼吸をしてグッと右腕に力を入れる。


(人の子よ! それ以上の無礼はまかり通らん! 神罰を下すぞ!)

「うるせぇな。お前なんか神でも何でもないんだよ。ただの魔物だ」

(神罰を下すぞ! 抹殺するぞ! 止めねば殺す! 貴様ァァーーーーーー!)

「はあぁぁぁぁーーーッ! 正拳突きッ!」


 オレは拳を真っ直ぐに突いた。点を捉えた一撃は拳版の槍技だ。

 一点突破のみを目指して放った拳だけど、槍のそれとは違う衝撃が対象全体に伝わる。

 オレの重く強い拳は神精樹の幹を貫通した。


(あぁぁぁ……あああぁッ! 我がッ! 我がほろ、ほろほろろろぶとぉーーー!)


 穴が空いた巨木に更に縦に亀裂が入った。

 ピキピキと音を立てて、神精樹が少しずつ二つに分かれ始める。


(言う、のかぁぁーーーーーー!)


 やがて乾いた音と共に神精樹が真っ二つになった。

 まるで雷でも落ちたかのように、神精樹が割れてそれぞれ横倒しになる。

 複数の枝が折れて大量の葉が当たりに散った。


「ト、トレントが光り始めた!?」

「ウッドゴーレムも崩れる!」


 オレの背後でアッシュとトラムが叫んだ。

 振り向くとトレントやウッドゴーレムから大量の粒子が飛び散っている。

 抜け出ているのはおそらく魔素だ。


 やがてトレントから邪悪な顔の木目が消えて、ウッドゴーレムも朽ち果てたような人型の木と化した。

 まるで最初からそうであったかのように、森のオブジェのようにそこに存在している。

 集まった魔素はそれぞれ大量のドロップアイテムを形作った。


 拾い集めたいところだけど、オレは一気に気が抜けて座り込んでしまう。

 重いアイスナックルがちょうど消え去ったみたいで助かった。

 と、自分だけ助かっている場合じゃない。


「リコ!」

(シン、マ……)

「すまん、無理をさせてしまった……。これ、オレが持っている回復アイテムだ」


 急いでリコに回復アイテムを飲ませた。

 それでも魔法を連続で行使した影響かわからないけど立ち上がれずにいる。

 オレもリコの隣で座って休むことにした。


「皆、無事? じゃなかったら生きてないか」

「レイリン、サポート助かった。あれがなかったら終わってた」

「私の足魔法を思い知った?」

「骨の髄まで思い知ったよ」


 最初はなんじゃそりゃと思ったけど、レイリンのそれは魔法と変わらないかもしれない。

 体で敵をぶっ飛ばすか魔法でぶっ飛ばすかの違いなだけで、頼もしさと強さは確かなものだ。


「いやーーー! しかし驚いたぞ! あの神精樹が魔物だったなんてな!」

「まったくだぜ! こんなの誰かに話しても信じちゃくれないだろうな!」


 アッシュとトラムも気が抜けたようだ。

 背中合わせで座り込んでぜぇぜぇ言っている。

 あの二人がいなかったらオレ達は確実にジリ貧で追い詰められていただろう。


「シンマ! お前の最後のアレな、すごかったぞ! あんな隠し玉を持っていたなんてな!」

「ま、まぁな、アッシュにトラム、助かったよ」

「いやいや、本当は他の奴らも呼べばよかったんだけどさ。万が一、町に被害が出たらと思うとな」

「その判断は間違ってないと思うぞ」


 確かに他の冒険者がいればもっと楽になっただろう。

 だけど不安要素がある以上は現状維持で問題ないと思う。

 オレは二人を責めるつもりなんてない。


「でも問題は町長にどう説明するかだよな。あれだけ神精樹を信じ切っていたからなぁ」

「真実を話すさ。信じてもらえないならそれまでだ。オレ達は村を出る」


 仮に町長達がオレ達を責めたとしても恨むつもりはない。

 信仰自体に善も悪もないはずだからな。

 疲れて寛容になっているだけかもしれないけど、今はそう思うことにした。

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