第10話・母の優しさ

翌日、リビングのテーブルの上に塾のパンフレットが積んであった。

母親が集めてきたらしい。


一番最寄りの塾は、いわゆる不登校児向けのフリースクールで、京大に行く俺の指導は出来ないと断られた。

それならばと、駅前のテレビCMが有名な進学予備校に通うことになった。


個別指導のコマを朝イチに入れられる。

昼過ぎがいいと言う俺に、父親は言った。


「朝起きる習慣を今からつけないと入学後に困るだろう。京都の大学に通うなら家を出るんだ。自分ひとりで生活するんだぞ」


父親のもっともな意見に、俺は夜眠り朝起きる生活を始めた。


俺の目標は京大に行くこと。

塾には俺の夢を笑わない講師がいた。

目標のために俺が今何をするべきか。

単純明快な課題を用意される。

余所見をせずに目の前の問題をこなすだけで良いなんて簡単だ。


本当に時計台にエリスがいるのか。

不安で声を上げたくなるときがあった。

そういう時ほど、受験勉強という分かりやすく答えのある問題がありがたかった。


朝イチから昼まで。

マンツーマンの講師から今の俺に必要な勉強を教わる。


昼からは自習室で勉強をしても良いと言われているけど。

気の抜けたコーラみたいな浪人生がぺちゃくちゃと話していて、俺の溜め込んだやる気までドレインされそうだから。

まっすぐ家に帰る。


持ち帰ってきた宿題を解いて。

塾生なら誰でも見られる受験生向けの動画を見る。

動画の中で引っかかる内容があれば繰り返し見る。

それでも分からないときは、講師にメールを送る。

そうすれば、後日、個別指導の時間に俺の分からないに講師が答えてくれる。


分からないが1つ見つかれば、動画を見るのはやめた。

その後は眠くなるまで、これまでに学んだ内容の復習プリントをひたすら解く。


いくつもの疑問を積み上げても仕方がない。

もしかしたら、学んでいく中で自力で解決できるようになるかもしれない。

それでは個別指導の時間が無駄になる。


それよりも受験なんて体力勝負。

反復練習が結果につながる。

理解できたのなら、それを何度も反芻して自分の中に落とし込むんだ。


それに繰り返しの学習は深く集中できて良い。

“もしも”を考える暇がないくらい、俺は自分を追い込んだ。


「高認、合格おめでとう」


高卒認定試験の結果が届いた日。

母さんはケーキを用意していた。

たぶん、結果が出るよりも前から予約してたやつ。

だって人気のケーキ屋の箱から出てきたから。

ここは事前に予約しておかなきゃホールのケーキは手に入らない。


「受かって当たり前。俺は京大に行く」


ケーキは旨かったから、帰りの遅い父親の分まで食べておいた。

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