太陽を指し示す能力
秋都 鮭丸
1
私はヒマワリが好き。明るくて、大きくて、青空がよく似合う。
小さい頃、ヒマワリ畑に連れていってもらったことがあった。黄色で縁取られた瞳のような花々が、揃って同じ方を向く。曰く、「ヒマワリは太陽に向かって咲く」そうだ。太陽を追いかけて、花の向きを変えるとかなんとか。
(全然ずれている)
私は、その話を信じなかった。
時刻は15時38分。行きつけのスーパーの帰り道、買い物袋を片手にふらふら街を歩いていると、なんだか視線を感じた気がした。
(気のせいかなぁ)
とはいえ私は女子大生。若き乙女の一人暮らし、買い物袋の生活感、部屋着の延長ラフスタイル。警戒はしてもしたりない。私は、普段とは違う小道に曲がってみた。
しばらく歩いてほんのり確信、やっぱり誰かに追われている。追っていることを、あんまり隠そうとしていない気もする。どうしたものか、このまま帰るのはよくないかも。なんとか撃退方法を考えよう。
唐突だけど、私には、人とは違う能力がある。
「太陽を指し示す能力」。いつどこにいようと、太陽の正確な方向が分かる。昼はもちろん夜中でも。雨でも雪でも関係なく。ただ太陽のある方向が分かる。
ただそれだけ。
私はその能力を応用して、正確な時刻を把握することができる。日時計の理屈。でもこれって、ただ腕時計がいらなくなるくらいの効果しかない。
うーん。この能力で追手を撃退する作戦、なんとか立てないとなぁ。まぁ能力に頼らなくてもなんとかなるならなんでもいいけど。
考え事と早歩き。意識は後ろに持っていかれて、私は前方不注意だった。
どしゃん。
角から出てきた若い女性に、私はがっつり正面衝突。お互いふらりとよろけたが、幸い転びはしなかった。
「わぁすみません、大丈夫でした!?」
「い、いえ、こちらこそすみません」
お互いわたわた謝罪して、怪我をしていないことを確認。それでは、とそれぞれ別方向に歩きだした。年は同じくらいか、私の方が少し上かも。ファッション好きそうなおしゃれな女性。靴下なんか、両足別々のものを履いていた。私にはわからん分野だなぁ。
さて、いかんいかん。周りへの注意を怠ってはいけない。たまたま怪我なく済んだものだが、相手次第では一大事だ。私は一層気を引き締める。
この間にも、追手との距離は縮まっている。
私は少し考えた。一通りの多い中心街の方に向かうべきではなかろうか、と。人混みに紛れて撒くことができるかもしれない。仮に追いつかれても、周囲に人がいれば向こうもしり込みするだろう。なんなら交番に駆け込んでもいい。
よしっ、と意気込み、私は進路を変えた。
時刻は16時04分。まだまだ日の高い明るい時間。思惑通り人通りの多い道に出ることができた。しかしそれでもこの追手、諦めている様子がない。じわじわ距離を詰めてくる。
中心街に近づくと、どうしても信号機が増えてくる。今日の私はどうしてか、この信号機の赤色によく引っかかる。
(運がないなぁ)
私が足止めを喰らっている間、追手はしっかり距離を詰める。これは実に想定外。中心街作戦、まさかの裏目。流石の私もほんのり焦る。交番までもまだ遠い。そうこう言う間に赤信号。変わって変わってはやくはやく。追手が近づく私の背中。ぞわぞわ逆立つ後ろの毛穴。瞬間変わった信号合図に、私はすぐさま駆け出した。
その時、追手は私に声をかけた。
「お前の能力を知っている」
思わず駆け出した足が止まる。
能力を? 私の「太陽を指し示す能力」を知っている……?
こいつは、ただの変態的ストーカーの類ではない、ということ……?
誰が、一体何のために?
私の思考が固まった。
「俺にもある。『能力』ってやつが」
横断歩道のど真ん中。まだ青信号の灯る人混みの中で、彼は私に近づいた。
「俺のは『道を譲らせる能力』だ。すべての信号は、俺の前では青になる」
「道を譲らせる能力」……? 私が赤信号にことごとく引っかかっていたのは、私の運のせいではなく、「彼が通りかかるタイミングで青信号になる」ためだったということ……?
そんなの追手に最適すぎる。私のは、太陽の方向が分かるだけなのに。めっちゃ便利じゃんうらやましい。
「どうして私を?」
「依頼だよ。俺だって、女子大生追い回す趣味はないんだが……」
ふむ、依頼。私の能力を狙う誰かがいるということ……。「太陽を指し示す能力」を?
(……あー、心当たりが一つ)
点滅し始めた青信号を合図に、私は再び駆け出した。私の能力を知っていて、それを欲しがっている人物。確かに一人該当者がいるが、まさか能力者の刺客を差し向けてくるタイプとは思わなかった。
……まるで物語の主人公みたい。思いのほか面倒くさい。世の主人公達は皆、こんな気分なんだろうか。頭の片隅で、実に余計なことを考えた。
それから私は信号を避けて、中心街から離れる方向に向かった。時刻は16時39分。日は少し傾きだしたが、まだまだその眩さは健在だ。私は肩掛け鞄に手を突っ込んだ。
「道を譲らせる能力」の彼も変わらず追ってきている。一定の距離を置いて、確実に私を捕捉している。
彼を撒くには、私から「攻撃」するしかない。
私は立ち止まり、振り向いた。彼は一瞬、ぎょっとして立ち止まる。しかしすぐさま私に向かって歩き出す。
呼吸を整える。確実に「当てる」。私は、鞄のなかで握ったものに意識を集中させた。
あと3歩。
あと2歩。
あと1歩。
今だ。
私が掲げたのは、手鏡。角度、距離、タイミング。すべて、彼の眼に「太陽光」を当てるために。
私には、太陽の方向が正確にわかる。どう反射すれば、彼の眼に届くかも。この一瞬の目くらましの隙に、私は路地裏に駆け込んだ。
路地裏から隣の道へ、そしてさらに路地裏へ。彼が追ってくる様子は見えない。そのままもう一つ隣の道まで抜け、見つけた小さなカフェに駆け込んだ。
撒いた。
少し息を整え、店内を見渡す。洋風の小綺麗な店内。壁には本棚があり、文庫本がずらりと並んでいる。わずかにオレンジの照明が、木目模様の本棚を照らす。2つあるテーブル席の内、片方に2人の客がいる。カウンター席は10席ほどあるだろうか。そちらには客はおらず、カウンターの向こうでマスターがコップを拭いている。私に目を向け、「お好きな席へどうぞ」と声をかけた。うん、いい雰囲気。
それじゃ、右から2番目、マスターの近くの席にしようかな。私が歩き出そうとしたその時、テーブル席の一人が声をあげた。
「わっ、ほんとに来た。ほんとに来ましたよ、ほら!」
聞き覚えのある声。でも知り合いではないような……それでもどこかで聞いた声。「来た」っていうのは、私のことだよね……?
声の主に目を向けると、そこには見覚えのある若い女性。えーっと、この人は……。
あぁ、15時40分にぶつかった人だ。両足の靴下が別々の。通りで見覚えも聞き覚えもあるわけだ。
……「ほんとに来た」? まるで私がこのカフェに来ることが、予言されていたみたいな。
「だから言っただろう。久しぶり、ヒナタさん」
テーブル席のもう一人の客が、ゆっくりとこちらに振り替える。飛んで火にいるなんとやら。私に追手を差し向けた、「心当たり」のその人物。元バイト先店長、ハシモトだ。
あ、今更だけど、私の名前はヒナタアオイ。流れで分かるかもしれないけど、一応ね。
時刻は17時04分。私は結局、先客2人のテーブル席に座らされた。若い女性はカタヤマと名乗り、興奮気味にまくしたてる。
「私、『靴下を離別させる能力』なんです。一度履いた靴下のうち、片方を必ず紛失するっていう、ほんと迷惑な能力で!」
本当にかわいそうな能力もあったものだ。「道を譲らせる能力」をうらやましく思ったものだが、私のも、デメリットがないだけマシな部類だった。
「でもハシモト店長が教えてくれたんです。『片方を必ず紛失する』ということは、裏を返せば『もう片方は絶対に紛失しない』って!」
……なるほど、一理ある。カタヤマは、「ちょっといいですか?」と私の鞄を指さした。
「いいって何が?」
「あるはずです。私の靴下」
「はぁっ!?」
あった。私の鞄の中に、私のものではない靴下が片足紛れこんでいる。
「ごめんなさい、さっきぶつかったのはわざとで……そのときに靴下一組忍ばせました。そうしたら、靴下片方とともに、あなたが現れるはずだ、って」
え、一組入っていたの? じゃもう片方をどこかで紛失したってこと? でも鞄の中ってことは……、手鏡を出すときに落としたのか。怖い能力だなぁ。
「待って、じゃこれ一回履いた奴ってこと……?」
「え、あ、一瞬、一瞬ですよ! 履かないと能力対象にならないので!」
本当に怖い能力。
さて、それは置いておいて、本題。私を追っていた真の黒幕、ハシモトの方に話を移そう。
体格もよく、顔も爽やかな、30代半ばのこの男は、個人で居酒屋を営んでいる店長兼店主。近所の大学生からの評判も良く、私も彼の居酒屋で1年ほどアルバイトをしていた。
「店長、どういうことですか」
「君は、君の才能のすばらしさに気付いていないんだ!」
才能、ねぇ。
「お客ごとにお待たせしている時間、火にかけた料理の経過時間、提供時間に解凍時間。厨房もフロアも、管理すべき時間で溢れているだろう!?」
ハシモトは拳を握って熱く語った。
私の能力については、いつかの飲み会でうっかり話してしまった。以来ハシモトは、私を正社員にしようと躍起になり、給料2倍の猛プッシュ。バイト仲間にやっかまれ、居心地最悪タイマー扱い。私は普通にバイトを辞めた。
「君は正確な時刻が分かる。つまり経過時間の正確な測定が可能だ! だから僕は、君にウチで働いて欲しい! 待遇は可能な限りよくするから!」
「タイマー使ってください」
「タイマー買えって言ってるだろ」
30代半ば、ハシモトと同年代の男がご来店。その声にも聞き覚えがある。先ほどまで私を追っていた、「道を譲らせる能力」の彼だ。
「さっきは済まなかった。ヒナタさん、だっけか。ハシモトは言っても聞かなくてな」
アオヤギと名乗った彼は、ハシモトとは旧知の仲らしい。普段はタクシードライバーだとか。車の運転中も能力の対象となるらしく、「法定速度下最速の男」と呼ばれているとかなんとか。
「赤信号で一息つくこともできないからなぁ。運転中はノンストップっていうのも考えものさ」
能力それぞれ、なにやら色々あるらしい。私は免許を取っていないから、運転周りはわからん分野だなぁ。
しかしこんなにも能力者がいるとは。私が知らないだけで、世界は能力者で溢れているのかも。「道を譲らせる能力」、「靴下を離別させる能力」、そして私の「太陽を指し示す能力」。実に地味でささやかな、それでも確かに、常人ならざるこの能力。
「チョイ能力、ってところだな」
「おい、アオヤギ、お前らの力は、チョイなんてものじゃないぞ!」
「いやぁチョイぐらいの慎ましさでしょ」
「まぁ、チョイって感じですかね」
チョイ能力。うん、いい響きだ、嫌いじゃないね。
「こんなご近所にこんだけ集まれるってことはさ、もっといるよね『チョイ能力者』」
私はふつふつと好奇心が沸いてきた。電車の隣に座った人が、まだ見ぬ能力を持っているかもしれない。季節外れの異常な天気は、運が悪いなと感じた事象は、実は誰かの能力かもしれない。
それが何か。それを使って、何ができるか。私はなんだか知りたくなった。
「探してみるか?」
「わぁ楽しそう、秘密結社ですね!」
「秘密結社て……せいぜい『チョイ能力者サークル』だろう」
「えぇー秘密結社でいいじゃないですか! 私コードネームとか好きですよ!」
「コードネーム……? この歳でそれはちょっと……」
「知ってます? ソックスはソックの複数形なんです。なので、靴下を離別させる私は『ソック』! どうですか!?」
「へぇなるほど、いいじゃんいいじゃん」
「うわぁ勝手に始まってる」
「……これが若さだ。諦めろ、アオヤギ」
「アオヤギさんは、そうだなぁ、『道を譲らせる』かぁ……」
「大名行列みたいね」
「あ、いいですね、大名行列! じゃ、『ダイミョー』ってのはどうです!?」
「おぉ、威厳があるじゃないか、良かったなアオヤギ」
「えぇ、なんか嫌だよ、若い子に『ダイミョー』呼びさせる30代……」
「ヒナタさんは……」
「あ、『ダイミョー』決定なんだ」
「やっぱり、『ヒマワリ』じゃないですか!? 『太陽を指し示す』と言えば!」
思わず口角が上がった。ノリノリのカタヤマ、もとい「ソック」に当てられたのか、私はうっかり高揚している。
「いいね、『ヒマワリ』。でも、ヒマワリは、太陽の方を向いているワケじゃないよ」
そうなんですか!? とカタヤマの声。
「ヒマワリは、向きたい方を向いて咲いているの。そっちに太陽があることが多いだけ」
君が言うならそうなんだろうな、とアオヤギは右手に顎を乗せる。
「太陽の方向が分かっても、それに縛られることはない。自由があるの、ヒマワリには」
元バイト先にも縛られない、君にぴったりだな、とハシモト。うるさいお前は太陽じゃないだろ。
「だから私は、ヒマワリが好き。コードネーム『ヒマワリ』、気に入ったよ」
太陽の方向が分かったって、そっちに向いてやる必要はない。だって向いたら眩しいし、何より別に楽しくない。
自由気ままにのらりくらり、私は私の咲く方へ。これが私の、「ヒマワリ」の能力。
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