pas de deux
僕は次第に、陛下と一緒にいる時間が増えた。周りは大人びたダンサーばかりだったから、陛下も気まずかったのかもしれない。僕と陛下は同い年の友達のように、だけどもっと品のある感じで、お喋りの時間を楽しんだ。
「私は、君の踊りが好きだ」
ぽちゃり。
空から落ちた雨粒が、中庭の葉先を濡らす。
「君の真っ直ぐな、踊りが好きだ」
僕は何だか照れくさくて、脚の方に視線をやった。休憩時間にだけ履く、黒地のソックスに。
バレエをする時は、いつも白いソックスだ。だから休憩の時ぐらい、黒いのを履いてもいいじゃないか。僕はそう思うから、あえて太ももまで生地のある、黒くて長いソックスを履いている。
対して陛下は、いつも白いソックスを履いていた。それも厚手の。そんなに厚いと踊りにくいんじゃないかと思うけれど、陛下のこだわりなのかもしれないし、実際ソックスの厚みがどうだろうと、陛下の踊りは素晴らしかった。
「そんな、僕なんか、陛下の足元にも及びませんよ」
「そりゃあ、まだまだ甘い部分はあるさ。けれど、君の踊りには躍動感がある。私のバレエには、それがない」
国民の前では「朕」と言うけれど、プライベートの時は「私」と言うんだ。そんな些細なことでさえ、僕は陛下とお話しするまで、全くもって知らなかった。
「このバレエは、君が今まで踊ってきたやつと、少々『性質』が違うのさ。慣れるまで時間が掛かると思うが、分かればあっという間だぞ」
人差し指を立てて、にやっと笑う陛下。装った風じゃない、素朴な笑顔が素敵だった。
「……一つ、分からないステップがあるのです。幕間に入る前の」
「ああ、あれか。体幹を使えば、そう難しくはないぞ。やり方はだな……」
……そこで、陛下は顔を上げた。見ると、しかめっ面をした大人が立っている。
「陛下。そろそろお時間ですぞ」
陛下は僕の耳元で、「こやつは、Mazarinと言う。私の教育係なのだ」と言って、肩をすくめた。何だか秘密を共有したみたいで、僕はちょっぴり嬉しくなった。
「では、よしなに」
お決まりの挨拶をして、僕に背中を向ける陛下。大人と並ぶとうんと小さく、そして頼りなさげに見えた。
ひょっとしたら、僕と同じなのかもしれない。僕とおんなじ、ただの子どもなのかもしれない。
僕は初めて、そう思った。
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