"Ballet Royal de la Nuit"
中田もな
entrée
今にも泣きそうな、灰色の空。僕はそれを、レッスンルームの窓から見ていた。
ここのところ、パリは天気が悪い。畑に出る人は大変だろうけど、僕はもっぱら室内にいるから、雨が降ろうが風が吹こうが、やることは同じだった。
「皆さん、集合してください」
「はい、先生」
先生が号令を掛けると、僕たちは一斉に駆け出す。白いレオタードに、白いソックス。皆で真っ白な格好をして、後ろで結んだ髪を揺らす。
僕たちの日常は、パリお抱えの「少年バレエ団」として、王宮でバレエを踊ること。そして、毎日バレエの練習をすること。
もちろん、催し物の「前座」として踊るだけ。メインはもっと壮大だし、僕たちの出る幕なんかない。それでも、僕にはダンサーとしての自覚があった。
「今から、次の舞台の配役を発表します。まず、Jeanne役──」
配役発表は、僕たちの成果が最も良く表れる、まさにお披露目会だ。だからみんな、自分の番が回ってくるや否や、我慢できずに喋り始める。
「ぼくの役、Catherineだって」
「それって、すぐ死ぬ役だろう? じゃあ、ハズレだな」
「違うよ、それは兄の方さ」
てんでばらばら適当なことを言って、何でもかんでも面白がる。決して口にはしないけれど、みんな自分たちの評価を見比べて、踊り手の意地を競っているんだ。
僕はいつ、呼ばれるのだろう。そう思いながら待っていたけど、先生は全ての役を言い終えてしまった。
こんなことって、あるのだろうか。だって僕は、前の舞台で主役だったのに。信じられない気持ちと、むしゃくしゃする気持ちとで、僕は思わずムッとした。
「おい、Yves。ひょっとしてお前、呼ばれなかったのか?」
「……うるさいなぁ」
案の定、仲間がにやけ面でからかってくる。だから僕は、わざと目を合わせないように、自分のソックスに目を落とした。
脚が透けて見えそうなほど、薄くて長いソックス。ぴったりと肌にくっ付いて、汗をかくと少し蒸れる。
もう、このソックスは、新しいのに代えなきゃダメだな。もうじき、穴が開きそうだから。今度はもう少し、細かいレースが付いているのがいいな。僕の動きに合わせて、揺れてくれるのがいい。
僕は気を紛らわせるために、あれこれ関係のないことを考えた。
「それでは、今日はこれまで。皆さん、ごきげんよう。自主練習は忘れずに」
「はい、先生。ごきげんよう」
帰り支度を始める仲間を横目に、僕は先生に「不服申し立て」でもしてやろうかと思った。けれど、僕が動くよりも早く、先生の方から声を掛けてきた。
「Yves、貴方は残りなさい。大事なお話がありますから」
──この声色は、怒られる時のものじゃない。どうやら、本当に「大事な」話っぽいぞ。
ああ、助かった。直感的に、そう思った。まるでセーヌ川からやって来た、助け舟のようだった。
だから僕は、残っていた全員に聞こえるように、「はい、先生」と返事をした。
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