第7話 弟とばったり

 旅行から帰ってきてしばらく経った頃、この日もドラコはペリエとノミズで待ち合わせをしていた。今回の目的は本屋だけだけれども、友人と待ち合わせて会うのは楽しみだった。

 いつもペリエを待たせてしまっているので早めに家を出て、本屋最寄り駅の改札を出て急いで待ち合わせ場所に向かうと、ペリエの姿が無い。スマートフォンで時間を確認すると、待ち合わせ時間の三十分ほど前だった。さすがにこれだけ早くはペリエも来ないのかと納得する。

 そのままペリエのことを待っていると、突然誰かがドラコに声を掛けた。

「姉者、こんなところでどうしたの?」

「あれ? ケイトもこんなところでどうしたの? 本屋さん行くの?」

「うん。そう」

 ドラコに声を掛けたのは、弟のケイトだ。このあたりに頻繁に来るという話は聞いてなかったのでここで会ったのは驚いたけれども、久しぶりに会えてドラコはうれしいようだった。

「ところで、前より痩せた?」

 ドラコがそう訊ねる。ドラコが言うとおり、ケイトは細身のカットソーとスキニーパンツを穿いている。マスクはドラコと同じように、白い無地の汎用型のものだ。いかにもおしゃれに興味はなさそうに見えるケイトだけれども、ドラコの記憶では、以前会ったときはもう少しふっくらしていたはずなのだ。

 いささか心配そうなドラコの様子に気づいたのか、ケイトは連れていたホムンクルスの頭を撫でて笑う。

「いやぁ、最近運動するようになってさ。その方が仕事も創作も捗るってニコが言うから」

 続けて、ケイトが連れているホムンクルスのニコがくちばしでケイトの手を突いて言う。

「あまりにも運動不足だったから、腰をやりたくなかったら運動しろと言い続けた」

「あー、早いと二十代半ばで関節に裏切られるっていうもんな」

 痩せた理由を聞いてゼロは納得したようだし、ドラコも安心したようだ。

「そういえば、姉ちゃんはこんなところでどうしたの?」

 ケイトの問いに、ドラコが答える。

「友達と待ち合わせ。私達も本屋行くんだ」

「なるほどなー。差し支えなければ僕も姉ちゃんの友達に会ってみたい」

「そう? それなら待ってれば来るから一緒に待とうか」

 ドラコがそう言った矢先、少し離れた所から誰かが手を振るのが見えた。そちらの方を見ると、ペリエが手を振っていた。手を振り返すと、早足でドラコの元にペリエが来る。

「待たせちゃってごめんね。ところでそちらの方は?」

 軽く手を合わせて詫びてからペリエがケイトの方を見る。ドラコは軽くケイトのことを紹介する。

「この子は弟のケイトと、ホムンクルスのニコ。今日は本屋さん行くんだって」

 ケイトも名乗って軽く頭を下げると、ペリエも軽く頭を下げて名乗る。

「はじめまして、ドラコの友達のペリエです。よしなに」

 それから、ニコのことを見て続ける。

「ところで、そのホムンクルスはドラコが作ったやつ? かわいい」

「そうなんです。姉ちゃんが作ったやつをもらって」

 ニコを褒められて嬉しいのだろう、謙遜する様子もなく、ケイトは少し胸を張っている。少しケイトの肩の辺りに隠れようとするニコを指して、ドラコが説明する。

「ニコは私が三体目に作ったホムンクルスなんだよね。製品化第一弾で、まずはケイトに使い勝手を見てもらったんだ」

 ドラコの言葉に、ニコはおずおずとケイトに訊ねる。

「ねぇ、私役に立ってる?」

「もちろんだって。ニコの話はいつも面白いし、買い物の時も助かってるって」

 ケイトの言葉が嬉しかったのだろう、ニコはケイトに頬ずりをしている。その様子を見て、ゼロが頷いて言う。

「ニコはあいかわらず甘えん坊だなぁ」

「甘えん坊でいいもん」

 やりとりを聞いていたペリエが、口元に笑みを浮かべてドラコとケイトに言う。

「使い勝手見るためとはいえ、ホムンクルスあげちゃうなんて仲いいのね」

 するとケイトは照れたように笑い、ドラコは胸を張る。

「それはそう。仲いいんだから」

 そこですかさずゼロが口を挟む。

「しかしドラコはいささかブラコンである」

「あ、それはね、ニコちゃんがケイトさんに甘えてるのみてわかるのよ」

 ペリエの言葉に、ドラコは悪びれる様子を見せない。自覚はあるようだ。

 ふと、ケイトがペリエに訊ねる。

「ところで、ペリエさんは本当に姉ちゃんの友達なんですか?」

 下唇を軽く噛んで不満の口をするケイトに、ペリエは軽く手を振って笑う。

「よく誤解されるんだけど、ほんとにただの友達だから。恋人とかそういうのないから」

 それを聞いて、ケイトはニコの方を向く。ニコはこくりと頷いた。

 誤解が解けたところで、全員が本屋に行くつもりだという情報を共有したので本屋へと向かう。本屋に着くなり、ケイトはペリエに頭を下げてこう言った。

「それじゃあ、僕はこの辺で失礼します。

ペリエさん、姉ちゃんのことをよろしくお願いします」

 そしてそのまま、ケイトは本屋の中の階段を上がって行ってしまった。

 ドラコとペリエは顔を見合わせてくすくすと笑ってから、お互いお目当ての本を探しに行った。

 本をあらかた買い終わったドラコとペリエは、重い荷物を抱えていつものカフェに入る。このカフェは満席になるということはあまりないけれども、客が途絶えることもあまりない、良い塩梅の店だ。

 奥の方の席を取って、メニューを見る。ドラコはホットティーとミルクレープを、ペリエはホットコーヒーとシフォンケーキを頼むことにした。

 注文をして運ばれてくるまでのあいだ、たわいもない話をする。そのなかで、ペリエは周囲に人がいないのを確認してからドラコに訊ねる。

「そういえば、ケイトさんって神様のこと奉ってるの?」

 真剣な声色のその質問に、ドラコは口を結んでから、重々しく返す。

「奉ってる。一番下の弟が攫われたとき、ケイトは幼稚園はいったばっかりくらいだったから、よく覚えてないみたいなんだよね」

「なるほどね」

「でも、私が奉らないことは何も言わない」

「そっか、そうなのね」

 ペリエがこの事を訊いたのは、純粋な興味からだ。ドラコ以外の家族は神様のことをどう受け止めているのか、神様を奉れないドラコをどう思っているのかが知りたくなったのだ。ドラコは俯いて言う。

「でも、あの時のことを覚えてたら、ケイトも神様を奉らなかったかもしれない」

 神様を奉らないというのがどういうことなのか、ドラコはよくわかっている。だから、神様を奉ることを悪くは言えないのだ。

 話を聞いていたゼロが、手を合わせて言う。

「ケイトが神様を奉ってるのは、ニコが奉った方が良いって言ってるのもあるとおもうんだけどな」

「え? そうなの?」

 ペリエは思わず驚いた声を出す。ドラコが作ったホムンクルスがそんなことを言うとは思っていなかったからだ。

 ゼロはドラコの様子をうかがいながら言葉を続ける。

「私は、神様を奉らなきゃいけないとは思わない。でも、ニコは建前ってのがわかってるから」

「ああ、なるほど、そういうことね」

 一瞬、制作者が同じホムンクルスの間で意見が分かれるのは珍しいと思ったけれども、根っ子は同じなようだった。

 ドラコが弱々しい声で口を開く。

「ケイトが悪いように見られるの、いやだもん……」

 ドラコは、本当に弟のことが大事なのだ。それがわかったペリエは、ドラコの頭を優しく撫でる。

「うん、でも、あんまり思いつめないでね」

「うん……」

 それから少しの間、店内の雑音だけが聞こえた。暗くなった雰囲気を変えようと思ったのか、ゼロが厨房の方を向いて言う。

「そろそろ注文の品が来るようやで」

 その言葉に、ドラコはぎこちなく笑みを浮かべる。

「とりあえず、ケーキ食べよっか」

「そうね」

 店員が運んできた飲み物とケーキを食べながら、ペリエがぽつりとつぶやく。

「なんか、重い雰囲気にしちゃってごめんなさいね。

でも、どうしても気になっちゃって」

 その言葉に、ドラコは諦めたように口元を微笑ませる。

「私がこれだから、気になるのはしかたないよ」

 複雑な思いの混じるドラコの声に、これだけ弟を大事に思いながらも、どれだけの孤独を抱えているのだろうかと、ペリエは胸が痛くなった。

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