第6話 ぶらり旅

 ある日のことドラコは自宅で大きなキャリーカートに荷物を詰めていた。詰めているのは数着の皺になりにくい着替えと、洗面用品、それに紅茶のティーバッグだ。

「いや気が早いな」

 上機嫌で荷物を詰めているドラコにゼロが呆れたように言うと、ドラコは鼻歌を止めて機嫌良く返す。

「だって今回取った旅館、夕飯がすごいらしいんだもん。

行く頃には紅葉もいい感じに八分ぐらい赤くなってるって予報だし。めちゃくちゃ楽しみ」

 そうしていると、スマートフォンが着信音を鳴らす。どうやらペリエからの着信のようだ。通話を開始して、どんな用事か訊ねるとペリエがこう言ってきた。

「今年はいつ頃旅行行くのかなって思って。

そろそろ旅行行く時期でしょ?」

「ああ、来月の中旬頃行くよ。

今回はなんとナザワです!」

 ドラコが旅行の予定を伝えると、ペリエは明るい声で返す。

「え~、いいじゃん。でも、紅葉には早くない?」

「紅葉しきらないくらいが好きだからさ」

「まぁ、完全な紅葉シーズンは人すごいしね」

 それから、ペリエは少し言葉を切ってからこう続ける。

「それじゃあ、そのくらいの時期に私もキャンプ行ってこようかな」

「いいんじゃない? また飯テロ合戦しよう」

「ねー、楽しみ」

 ペリエはキャンプが趣味なのだけれども、仕事の都合でなかなかまとまった休みを作りづらい。正確には、作れないことはないのだけれども、対人の仕事なので心理的に作りづらいのだという。なので、仕事であまり根を詰めすぎないよう敢えて、ドラコが旅行に行く時期に思い切って長めの休暇を取ってキャンプに行っているそうだ。

 ドラコも、仕事のホムンクルス作りで根を詰めすぎないように星間を跨ぐ趣味の旅行をするというのもあるけれども、理由はそれだけではなく、なるべく色々な星に行って現地の空気感を掴みたいというのがあるのだ。

 なぜかと言えば、ホムンクルス作りを主とする錬金術師であるからというのがある。ホムンクルスは持ち主をアシストする存在であるけれども、そのアシストのための知識は、持ち主の元に行った後に蓄えるだけでなく、作りだした錬金術師の知識や経験とも常に紐付けされているので、錬金術師は常に新しい知識や経験を追い求め、アップデートしなくてはいけないのだ。

 ドラコのホムンクルスがよく売れる理由は、旅行によく行くことと関係がある。一般的な錬金術師は専門分野に詳しいのはもちろん、それ以外にもたくさん知識はある。けれども、どれも本を読んで得られる知識ばかりで、実体験に基づいたものというのは少ないのだ。その中で、ドラコは様々な体感的な経験を積んでいる。それが面白いとか、便利だとか、役に立つだとかで評判なのだ。

 なにはともあれ、ドラコに合わせてペリエも予定が決まったようだ。あとはお互い、出立の日を待つだけだ。


 そして旅行当日。ドラコはまず予約を入れた旅館で大きな荷物を預かってもらい、周辺を散策する。予報通り、紅葉は赤いものが六割、黄色いものが二割、そしてまだ緑の葉が二割といった具合だ。

 立ち並ぶ家々は白漆喰に黒く塗られた木の柱、屋根には黒い瓦を並べていて、普段ドラコが住んでいる星とはだいぶ違う独特の雰囲気だ。

 ふと、華やかな着物を着て髪を結い上げた女性とすれ違い、それを見送ってからゼロに話し掛ける。

「情報の共有できてる?」

 ゼロは首をきょろりと回してから答える。

「できてる。大丈夫」

「よかった」

 昼食に油揚げとネギとかまぼこを卵でとじたどんぶりを食べ、また散策をしてチェックインの時間になったので旅館へと戻る。ここには宿を変えながら一週間ほど滞在する予定だ。なので、初日はゆっくりしようと部屋に通されるなり、露天の内湯に入った。

 ドラコがお風呂に浸かっている間、ゼロはこの星に来てからの情報を整理する。どこまでを他のホムンクルスと共有するか、どこからをロックして伝えないようにするか、お風呂でのんびりしているドラコの無意識下と連携して選り分けていく。

 この作業は、ゼロがやっているとゼロは思っているけれども、実際はドラコが無意識でやっていることだ。なので、ゼロの作業はどちらかというとダブルチェックで、共有しない方がよさそうな情報が漏れていた場合、ドラコに伝えるのだ。

「あー、さっぱりした。ゼロちゃんお疲れ」

「おうよ」

 しばらくしてお風呂から上がったドラコは、浴衣姿とはいえ既にマスクを着けている。それを見てゼロは、そういえばドラコの顔を見たことがないなと思う。以前、ドラコの顔の情報が、他のホムンクルスはともかくゼロにすら共有されていないことに疑問を持ってドラコの顔を見ようとしたら、ひどく怒らせてしまったのでそれ以来なんとなく気にしないようになっていたのだ。

 ふと、部屋のドアを誰かがノックした。

「お食事でございます」

 もうそんな時間かとドラコは驚く。思いの外お風呂でゆっくりしていたようだ。

 返事を返すと、仲居さんが豪華な料理を持ってくる。大きな海老のお造りと、小振りだけれども脂の乗ったステーキ、それ以外にも茶碗蒸しや焼いた銀杏、菊のおひたしなど、テーブルの上を覆い尽くすほどのご馳走だ。

 仲居さんが去ったあと、ドラコはスマートフォンでご馳走の写真を撮る。

「すげぇな。これはあとでSNSに載せなきゃ」

「というか、食べきれるんか?」

「努力はする」

 スマートフォンを置き、料理に手を着ける。まずは海老のお造りからだ。歯ごたえもよく甘味もある。こんなにおいしい海老はそうそうないだろう。

 一品目からおいしさを確信したドラコは、そのまま料理を食べ進めていく。そして最終的に、どこに収まったのかはわからないけれどもご馳走を全部食べきった。

 食器を仲居さんが下げたあと、ドラコはスマートフォンでメッセージアプリを起動して、今日食べた料理の写真をペリエに送る。

 さぞかしうらやましがるだろうと思っていたら、ペリエからもすぐに無言で写真が送られてきた。写っているのは、掻き分けた跡のある雪の前で炊かれている焚き火と、そこに掛けられている鍋。鍋の中はネギがたっぷり入った味噌汁で満たされていて、傍らにはごはんが炊かれたメスティンとビールの缶がある。

「ウワー! なんだこれめちゃくちゃおいしそう!」

 ゼロも写真を覗き込んで言う。

「あー、背景雪ってことはオトモ行ったんかあいつ」

「雪の中のネギの味噌汁とか絶対おいしいやつじゃん」

 わいわい騒いでいると、他のユーザーからも写真が来たと通知が来る。なんだろうと思ったドラコが切り替えてみてみると、飲み屋のおつまみが並んでいる写真だった。

 送信元は、弟のケイト。添えられたメッセージを見ると、友人達とちょっといい飲み屋に行ったので自慢したかったとある。こういうのもいいな。と思いながら、ドラコはケイトにも夕食の写真を送る。するとすぐにメッセージが返ってきた。

「姉者は旅行中か」

 それに続けて、ミモザの浮いたオレンジジュースの写真と一緒にまたメッセージが来た。

「道中気をつけて」

 かわいい顔文字も添えたそのメッセージに、ドラコはつい微笑ましくなる。

 そこでまたペリエからメッセージが来る。

「家族仲がいいとは聞いてるけど、家族旅行はしないの?」

 随分と間のいい質問だ。ドラコはケイトと両親のことを思い浮かべてから、返信を打つ。

「家族旅行はあまりしないよ。

それぞれに気の合った相手がいるし、なによりひとりが気楽」

 そのメッセージを送信したのを確認して、また打ち込む。

「それに、家族で旅行しても自分のペースで回ってると、他の家族が忙しなくて大変。

誰もついてこれないよ」

「わかる」

 それからしばらく、無言でペリエとメッセージのやりとりをする。お互い今日はどうだったかとか、今日はよく眠れそうかとか、そんなことだ。

 やりとりのなかでふと、ドラコがこう打ち込んだ。

「いつも忙しない旅行をしてるけど、いつかゆっくりキャンプをして星空を眺めたいな。

ペリエみたいに」

 それから少しの間、ペリエからの返信が切れる。寝落ちたのだろうかと思っていたら、メッセージを何度も書きなおしている表示がある。そして送られてきたメッセージはこうだ。

「その時は一緒にキャンプをしよう」

 それを見てドラコはくすくすと笑って、メッセージを返す。

「それじゃあ泊まりはできないね」

 ドラコとしては、ペリエと泊まりのキャンプをするのが嫌なわけではない。ただ、もし万が一なにかがあって、マスクの下の顔を見られるのが嫌なのだ。

 そうしているうちに、ペリエが焚いていた焚き火も鎮火したようで、そろそろ寝るとメッセージが来た。ドラコも、おやすみと返す。

 ペリエが寝た後、ドラコはどうやって時間を潰すか考え、紅葉のライトアップを見に行こうと思い立つ。

「ゼロちゃん、紅葉見に行こう」

「あいあいさー」

 ドラコは浴衣から着替えて部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る