マダ
海
①
今日みたく、空に満月が浮かんでいる夜は、無意識のうちに考えてしまうことがあります。それは私にとって一種の中毒のみたいなもので、それを自力で抑えるということが非常に難しく、今こうしている時でさえ、私をとらえ、離そうとはしません。
気が付けば私、
今でこそ過去のことを思い返しますと、少しだけ冷静に当時を振り返ることができるのですが、あの時の私からすれば、その人の元にいないということの方が、遙かに恐ろしいものであるように思われました。
その人は今思い出しても、世界で最も純粋な人です。私と共に行っていたそれは、倫理的に間違っていたとしても、彼女なりの愛でした。自らの愛し方を貫いた彼女は、どこまでも素直で美しい人でした。ですから、大人になり、様々な愛を見聞きした今でも、彼女の愛は何も間違ってないような気がするのです。むしろ、今世間一般で純粋だと語られている恋物語の方が、よっぽど嘘っぱちに見えてしまいます。そのような人を、どうして私が間違っていると責められるでしょうか。今でもたまに、あの人がいなくなった日と同じようなことを考えてしまいます。
本当に間違っているのは、あの人とこの社会、いったいどちらなのだろう、と。
自然と思い出される記憶は決まって、あの人の美しい笑顔です。普段無愛想なあの人が、その瞬間だけ、本当に幸せそうに笑うのです。私はそれを見るのが大好きでした。その表情が見たいがために、日々生きていたと言っても少しも言い過ぎにはならないでしょう。だからきっと、今、私の笑顔がほめられるような代物であるのなら、それは間違いなくその人の影響だと言えます。
その人は私のことを「おい」とか「お前」と呼びました。私はその時口答えをしてはいけません。ただ黙って、その人の元へ行き、そして言いつけ通りに動かなければなりません。少しでも間違ったことをすれば、次の瞬間にはきついビンタが私の頬を打ちました。機嫌次第でそれが拳になったこともありますし、その時使っていた道具のこともありました。
痛いことは嫌いです。でも、それ以上にその人が怒ったときの顔を見ることの方が、遙かに嫌いでした。表情は変わらないのに、目だけが冷えるのです。その目を見るたび、私は今、あの人に必要とされていないのかもしれないと怖くなりました。
私はあの人のことを「ネエネエ」と呼んでいました。どうしてそう呼んでいたのかはもう覚えていませんし、なんなら理由なんてなかったのかもしれません。彼女の名前は
私はネエネエと一緒の時以外、外に出ることができませんでした。しかし、別に拘束されていたわけではありません。むしろ、家の中では自由に過ごしていました。それに、私は外への出方も知っていましたから、すぐにだって逃げ出すことができたのです。
では、なぜそうしなかったのか。このお話をいたしますと、決まってされた質問です。答えとしては至極簡単で、私は怖かったのです。先に申し上げました通り、私にとってネエネエの存在は絶対的で、彼女がいない生活を当時の私は想像することができませんでした。ですから、彼女を失ったと知ったとき、受け入れられず、あのような行動を取ったのはそのためなのです。決してそこには喜びなどはなかったのだと、あなたなら分かってくれるでしょう。
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