第65話 クッキー作り
「それじゃあ、作っていきましょうか」
私は厨房にシータさんと並んで立って、クッキーづくりをすることになった。そして、シータさんの隣には、昨日一緒にいた使用人さんも同行してもらっている。
シータさんが使用人の人から教わったという材料を机の上に並べてくれたので、食品庫から材料を探す手間は省くことができた。
並んでいるのは白い小麦粉のような粉と、バターのような塊、それと砂糖が並べられていた。
うん、基本的な簡単なクッキーの材料と見て間違いないらしい。
ちらちらとシータさんから視線も向けられているようだし、そろそろ私も隣で作り始めるとしますか。
「ええっと、お菓子作りは分量を正確に測り取ることが重要だから、きちんと分量を量らないですね。初めにこの粉の分量が――」
私はわざとらしくアドバイス混じりに独り言を呟きながら、お菓子作りを始めることにした。
まず初めに、バターのような物をボウルに入れて、ヘラなどで練っていく。その後に、薄力粉のような粉と砂糖を加えて、ダマっぽさがなくなるまで良く混ざる。
いい感じに固まってきたら、それを棒状に伸ばして形を整える。その後にそれを冷やした状態で30分~1時間ほど放置して、良い感じに固まってきたらそれを一口サイズ切る。
最後に予熱済みのかまどの中にクッキーを入れて、良い感じに焼けたら完成である。
『簡単クッキー』。特に捻りも何もないお菓子ではあるが、これだけの材料で作ったにしては、悪くはない味になるはずだ。
なるはず、なのだが……。
「シータ様。シータ様はまだかまどから取り出さないのですか?」
「今取り出したら香ばしくならないでしょ! もうしばらく焼くの、前は焼き過ぎちゃったから少し早めに取り出すけどね!」
「そ、そうですか」
一足早く取り出した私のクッキーはクリーム色が程よく焼けた感じになっており、バターの香り漂うよい焼き加減だった。
一口食べてみると、焼き立てということもあって、普通に美味しいクッキーができていた。
……シータさん、どのくらい焼く気なのだろう?
シータさんが焼き終わるまでゆっくりとクッキーを食べて待っていると、確実に香ばしい香りから、焦げ臭い香りに変わってきた。
「し、シータ様、そろそろ取り出さないと」
「分かってるわ! 今よ!」
シータ様の代わりに使用人の方がかまどからクッキーを取り出すと、そこにあったのはクッキーの形をした別の物だった
まぁ、その結果は見る前から分かっていたけど。
取り出したシータ様のクッキーは昨日よりはましだが、確実に焦げ付いたクッキーになっていた。
「あの、シータ様。また結構焦げてますけど」
「にがっ……これが香ばしの?」
シータさんは恐る恐る自分が焼いたクッキーを一口食べると、顔をくしゅっとさせていた。
「それはただの焦げですよ。私と同じ時間にかまどから上げてば、普通のクッキーを作れますよ?」
「馬鹿にしないで頂戴。私だって、普通のを作ろうと思えば作れるわ。あなたが来るまでは、普通のクッキーをお父様にあげていたもの」
私が隣にいた使用人の方に目を向けると、彼女は小さく頷いていた。
なるほど、ケミス伯爵がダークマターを頑張って食べていたのではなく、前までは普通のクッキーをあげていたのか。
「あなたに勝つためには『香ばしい』クッキーを作らないとなの……」
それがこんな状態になったのは、私への対抗意識が強く出てしまったということなのだろう。
どうやら、どうしても香ばしいクッキーを作りたいらしい。
どうしよう、参ったな……。
私は少し考えた後、小さく咳ばらいをした後に言葉を続けた。
「ただクッキーを焦がせば香ばしくなるなんて思っているだなんて。かまどで長時間焼けばいいという訳ではないのに、そんなことにも気づかないだなんて残念ですね」
「ど、どういう意味よ?!」
「私は普通の焼き時間で香ばしくする方法を知っているので、勝負のときはその秘策をつかうことにします。そうだ、その材料があるか確認しないと!」
私はわざとらしく演技がかった独り言混じりに必要な材料を探して、それをわざとらしく厨房の机の上に置いて、それらの材料をあえて戻さずに厨房を後にすることにした。
使用人の方に目配せをしておいたし、あとは上手くやってくれるだろ。
意地を張っている状態では私の声はきっと届かない。だから、自分で気づいたと錯覚させることが重要なのだ。
私は無言のアドバイスをその場に残して、シータさんが香ばしいクッキーにたどり着くことを静かに祈ったのだった。
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