第63話 焦げた匂い

 『味噌煮込み穀麺』の好評が良くて、ケミス伯爵に数日間食事を作って欲しいと頼まれた翌日。


 冒険者ギルドに私たちの推薦状を書いてもらったので、私たちはケミス伯爵への食事とポイズンモスの被害を受けた冒険者たちに対する炊き出しへの参加を両方いっぺんにしてしまおうということになった。


 大変ではあるが、作る物によってはそこまで重労働にはならいだろうということもあって、私たちは冒険者ギルドに向かおうとしていた。


 客間から玄関に向かおうと廊下を歩いて行くと、食堂の方から何か焦げ臭いようなに匂いがしてきた。


 この匂いは、少し焦げちゃったのレベルを大きく超えている気がする。


「え、エルドさんこの匂いって――」


「まずい、火事かもしれないぞ」


 食堂の奥には厨房がある。火事が起きているとすればそこだとは思うけれど、ご飯の時間が近くないこんな時間に火事なんて起きるのだろうか?


 そんなことを考えながらも、私はすぐに駆けだしたエルドさんの後ろを付いていった。


食堂を駆け抜けて、すぐにその奥にある厨房に向かうと、そこには使用人の女性が一人と小さな子供の後ろ姿があった


「大丈夫ですか!?」


 エルドさんが叫ぶと、その声に驚くように肩をビクンとさせた二人はゆっくりとこちらを振り向いた。


 使用人の女性の方は、この屋敷の料理人の一人で初めに調理器具や食品庫を教えてくれた知った顔だった。


「あっ、昨日私のこと見てた子」


 そして、もう一人の幼子はというと、昨日私を睨んでいた二つ結びの女の子だった。その子の小さな手の上に乗せられていたトレーには黒く焦げた……塊? が数個並べられていた。


「あれ? 火事があったんじゃなかったんですか?」


 その女の子は私と焦げた塊を交互に見た後、じんわりと目に涙を溜めてしまった。


そして、その子はトレーを力強く厨房の机に置くと、涙を服の袖で押さえつけるようにして、私とエルドさんの間を走り去っていった。


「え、ちょ、ちょっと」


 私の隣を走り去る瞬間、また私に睨むような視線を向けてきたので、私はその理由を聞こうとして手を伸ばしたのだが、その子はそのまま走り去っていってしまった。


 え、もしかして、私が泣かせちゃったのかな?


 何か悪いことをしてしまっただろうかと考えてみたのだが、まるで思い当たる節がない。


「申し訳ございません。シータ様が大変失礼なことを」


 私が何とか答えをひねり出そうと去った後ろ姿を見ていると、私たちのやり取りを見ていた使用人の女性が頭を下げてきた。


「い、いえ、大丈夫ですよ。えっと、あの子ってシータって言うんですか?」


「はい。旦那様の末っ子にあたる方です。その、少しだけ意地になってしまっているみたいでして、アン様に失礼な態度を取ってしまったのだと思います」


「意地になってる?」


「はい。ご主人様が体調を崩されてから、シータ様も気になさっていたみたいで、旦那様にお菓子を作ってあげていたんです。旦那様も喜んではいたのですが、どうしても残してしまうこともありまして」


 ポイズンモスの毒を浴びた後の衰弱状態というのは、酷くなるとしばらくの間ご飯を食べられなくなるような容体になる。


そんな状態の人を見てきた私からすれば、そんな状態でも娘が作ったお菓子を食べようとしていたケミス伯爵は良い父親だと思う。


 それに、父親のためにお菓子を作る娘さんだなんて、よくできた娘さんだ。


「ですが、昨日同い年くらいのアン様が作った料理を美味しそうに食べてるところを見て、シータ様が嫉妬してしまったらしいのです。それで、アン様よりも美味しいものを作るんだと張り切った矢先に、自分が失敗しているところをアン様に見られてしまい、悔し泣きをされてしまったのかと」


「……な、なるほど」


 つまり、自分が作ったのは残すのに、同年代くらいの私が作ったのはもりもりと食べていたのが面白くなく、それを見て嫉妬してしまったようだ。


 だから、あんなふうに私のこと睨んでいたんだ。なんか、可愛そうなことしたかも。


 ……そりゃあ、お父さんを取られたかもと思って睨みもするよね。


 ようやく睨まれていた理由が判明したのはいいが、これからどうしてあげるのがベストなのか。


 この問題を解決するのは、少しだけ難しそうな気がした。

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