第29話 エリーザ伯爵
「君たちが噂に聞く魅惑のソースを作る料理人か……わざわざ来てもらって、申し訳ないね」
「もったいない、お言葉ありがとうございます」
馬車でしばらく走った後、私たちはエリーザ伯爵の屋敷に無事到着した。
到着してすぐに通された部屋で待っていると、体を支えてもらって歩いてきたエリーザ伯爵が私たちの前に現れた。
年齢的には40代くらいだろうか? 赤みがかった髪をしていて、口調が少しフレンドリーな感じがする。
多分、頬がこけている状態でなければ、その口調に合った優しい雰囲気漂う男性なのだろう。
エリーザ伯爵はエルドさんが言葉を返した後、視線をちらっと私の方に向けた。
一瞬なんで子供がいるのだろうと不思議そうな顔をしたが、すぐにその表情を柔らかいものに変えた。
……話には聞いていたけど、確かに結構やつれているみたいだ。
「最近食欲がなくてね。食欲が進む物を作ってくれることを期待しているよ。……キッチンと客間は好きに使っておくれ」
「承知しました。期待に添えられるように精進させていただきます」
「無理はしないでいいからな。それじゃあ、食事の時間を楽しみにしているよ」
エリーザ伯爵は私たちにそう言うと、付き人に体を支えられながら私たちがいる部屋を後にした。
貴族ってもっと傲慢なイメージがあったけど、凄い物腰の柔らかい人だったなぁ。
確かに、あれだけ人が良ければ評判も良くなるだろう。
「ふぅ……伯爵の位の人とやり取りするのは、さすがに緊張するな」
気を張っていたのか、エルドさんはエリーザ伯爵がいなくなると、深く息を吐いて部屋にあったソファーに深く座った。
新しいお茶を取ってくると言ってアルベートさんも部屋からいなくなったことが大きいのだろう。
知らないうちにエルドさんは結構気を張っていたようだった。
子供の私はただ大人しくしていればいいだけだったが、大人は貴族相手に失礼はできないのだろう。
先程までの強張った表情をしていた顔が、今は随分と緩んでいたようだった。
屋敷の外の庭で待機をさせられているシキにも、今のエルドさんの姿を見せてやりたいと思うくらいに。
「エルドさん、だらしない顔になってますよ」
「今はいいんだよ。アンも今は顔をだらけさせておけって」
なんかすごい気持ちよさそうに休む姿を見せられて、私も少しだけやってみようと思って、私もエルドさんに並んでソファーに足を投げて座ってみた。
全身の力を抜いて高級なソファーに身を任せると、確かに中々悪くない気分になる。
「アン、人のこと言えない顔してるぞ」
私が顔の力を抜いてぼーとすると、エルドさんが笑いながらそんなことを言ってきた。
「いいんですよ。ていうか、エルドさんがそうしろって言ったんじゃないですか」
そのまま時計の音だけが聞こえる空間で新しいお茶を待っていると、エルドさんがボソッと言葉を漏らした。
「まさか、貴族相手に料理を作る日が来るなんて、思ってもみなかったな」
「ですね。何を作るか考えないとです」
「あれ? ケバブ風焼き鳥をつくるんじゃないのか?」
「それも悪くはないんですけど、せっかくなんでエリーザ伯爵に合わせたものを作ろうかと」
もっと元気な状態だったら、ケバブ風焼き鳥でもよかったけど結構こけてたし、消化器官に優しい物の方がいいだろう。
消化に優しくて、新たな魔法を付加させた調味料を使った料理。
消化に優しい料理というと、やっぱり必要な調味料はあれになってくるか。
私はソファーに体を預けたまま、脳内で着々とエリーザ伯爵に振舞う料理の案を考えるのだった。
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