第8話 情報収集

 お城の別の部屋へと案内される。

 王様のいる所ほどではないけれど、この部屋も天井が高くて、豪華な意匠が施されている。きっと応接間みたいな所だよね。


 人間のお城の中って物語でしか聞いたことなかったけれど、本当にすごいなあって思う。巨人でもない人間がこんな大きくて立派なものを建てることができるなんて、とてもすごい知恵だ。巨人の力を借りているのかもしれないけれど、でもそれを考えつくところがなんか他の生き物とは違うなあって感じる。


 わたしたち精霊なんて完全に環境に依存していて、それが住みよいと思っているから、何かを変化させようっていう気持ちに乏しいんだよね。人間のことを素直に尊敬するよ。


 しばらくして、宮廷の服装をした人がひとり部屋の中へと入って来た。

「宝剣を取り戻してくださいましたこと、本当に感謝いたします。我が国の象徴ともいうべきものでしたから、我々の手元に戻ってきことはこの上ない喜びです」

 そう言って宮廷の人はお辞儀をするとわたしたちに席に着くように促した。わたしはいつものようにダニエルの背中を離れてテーブルの方に近づく。

 王の弟のことについて何か教えてくれるかな。



「それでは早速ですが、お尋ねの件に関して、分かる範囲での回答を行いたいと思います。

 まずは、ヴィルヘルム・フォン・ヒルデブラント殿についてですが、それに該当する人物は我が国の中には見当たりませんでした。ただヒルデブラント家というものは存在しておりまして、この王都より北方に二週間ほど歩いた先にあるお城の城主となります。確かな功績を残された家柄でもあり、また我が国での国境を守る要の城砦でもあります。現在はハンス・ヒルデブラント侯爵がその地を治めております」

 そう言うと宮廷の人は書類を取り出す。

「通行証、紹介状などは一式お渡しいたしますので、現地に赴き、ヒルデブラント殿のことをお確かめになるのがよいと思います。そのことになにか質問はありますか?」


 クレイグが答える。

「情報をいただき、ありがたく思います。ヴィルヘルム殿は、特に目立った功績がないということでしょうか。騎士として任命されているのであれば、何らかの業績はあるものと思われますが」


「はい。我々もそのことは丹念に調べましたが、最近の記録の中にヴィルヘルムという名は記されていません。ただヒルデブラント家については、頻繁なやりとりがありますので、その中の何かには必ず関係されているものと思われます。それゆえ、現地に赴くことが一番ではないかと考えました」


「お心遣い感謝いたします。異国の者に紹介状まで発行していただけるのは望外のことであります」

「いえ、それだけの偉業をあなた方はなされたのです。我々は、あなた方のことを信頼しております」


 クレイグがわたしの方を向いて尋ねる。

「ゼーローゼ、他に聞きたいことはないか?」

「うーん、わたしが知ってるのは騎士様ということと名前だけだからなあ。お姉さんも気がついたらいなくなっていて、まあすぐに帰ってくると思っていたんだけれど、少し時間が経っているから気になっちゃって。

 で、クレイグはそのお城まで行ってくれるの?」


「もちろんだ。ただ、その前に森を探索することを許してくれるか?」

「それは、わたしも、もちろん、と答えるよ。クレイグたちの大事な使命だもんね」


 わたしとクレイグのやりとりが終わるのを待って宮廷の人は話を切り出す。

「では、その森について説明させていただきます。

 この国で一番大きな森はアーバーロの森ということになります。王都から比較的近く、三日の道のりです。ヒルデブラント侯のお城へ向かう道中の間ということになります。アーバーロというのは元々森を意味する言葉で、森の中の森ということです。とても深い森ですから、我々もその全貌を知り尽くしている訳ではありません。

 おそらく未知の動物、また人間の種族がいるものと思われますし、魔物の類が蔓延はびこっていてもおかしくありません。なかなか過酷な探索になるのではないかと予想されます。さしあたって、その探索に必要な許可証などはありません。自由に調べていただいたて構いません。その中にエルフの集落がある可能性もありますので、そうしますと少し厄介なことにはなりますが」


「エルフがいるとなんで厄介になるの?」

 わたしは不思議に思って聞いてみる。エルフはとても優しい種族だと思うんだけれど。


「エルフは森の民だから、いわばその森が国のようなものになるんだ。人間の常識が通じなくなり、もちろんこの王の証書もなんの効力も持たないと思うよ」

 ダニエルが答えてくれる。


「おそらくいるだろうというだけで、何の確証もありません。ただとても古い森ですからエルフの集落があっても全くおかしくはありません。その際の交渉は完全にあなた方に任されます。そのことは知っておいてください」

「承知しました。そのことに留意することが必要で、他には特別に許可がいらないということ。

 それでは、明日にでもアーバーロの森の探索を行いたいと思います」


「諸々の許可は必要ありませんが『ジェセの根』に関する事柄は共有していただくことが条件となります。ですから、探索が終わった際には必ずこの王都に戻ってきていただくようによろしくお願いいたします」

 宮廷の人はそれだけを伝えると部屋から出ていった。そのあとで、他の人が来て城からの退出を促される。


「ねえ、クレイグ。王様の弟のことは何も話されなかったけれど、どうしてなの?」

「ゼーローゼ、それはこちらから聞くようなことでもない。向こうがそれを話さないのならば、我々も聞く必要はないということだ。我々は解呪に成功し、宝剣と首飾りを持ち帰った。それでいいんだ」

「ふうん、そうなんだ。わたしはもっといろんなことが知りたいなあ、と思うよ。ケントゥリオを作ろうとしていたあの人が誰なのか、とかさ」

 それにはバイロンが答えてくれる。

「あれは、統一帝国時代の亡霊だろうよ。こつこつと仲間を増やしていたというわけさ。フェンリルがいなかったら我々も倒されてしまってレイスになり、今頃、この国は大変なことになっていただろう。あのモナークと名乗った者が支配する王国になっていたかもしれない」


「バイロンはそれをみんなに知ってもらわなくても平気なの?」

「平気だ。ゼーは褒めてもらいたいのか?」

「うん。もっと褒めてもらいたい! だってすごいことをしたと思わない?」

「ああ、確かにすごいことをした。でもそれに見合う報酬は確かにもらっている。それでもう十分だろう。なにかおいしいものが食べたかったか?」

 わたしは首を振る。

「そうじゃなくて、どうして王の弟がレイスになったのか、とかそういうことが知りたい」


 クレイグが、そうか、と言ってわたしに話をしてくれる。

「多分、そのことは明かされはしないだろう。だから、私の憶測でこのことを話す。

 酒場で情報を集めた時に王弟のことももちろん聞いた。廃坑にレイス討伐に向かったのはもう20年も前のことらしい。王とは不仲で、自分の名を上げるために向かったとされている。モナークと考えていることは一緒だったのだろう。統一帝国時代の遺産を手に入れて、自分の軍隊を強くしようと考えていたということだ。残された甲冑を見るに20〜30体は王弟の部隊のものだと考えられるからな。精鋭を注ぎ込んだのだろう。確かにあの強力なレイスを取り込めば、強大な戦力になっただろう。だけれど、ミイラ取りがミイラになった、というところが真相なんだろう。そんなところだ。

 満足かゼーローゼ」


 わたしは首を振る。こんな立派なお城のある生活で、なにを満足できなかったのかがよく分からない。そして仲良くしようとしなかったというなら、なおさらわけが分からない。人間ておかしな生き物なんだ。わたしはつぶやく。

「人間てよく分かんない」

「我々と一緒にいれば、嫌でも分かるさ。さあ、情報も引き出すことができたから、まずは酒場へ行き、魔法の武具の引き取りを依頼することにしよう。王宮からも派遣の部隊が出されるだろうから、その前にことを進めてしまおう。まあ、この度の祝杯もあげたいところだしな。そこで人間の浅はかさをゼーローゼに教えようじゃないか」

「わたし、あのもくもく嫌いだよ」

「そうか。では依頼だけを行い、たばこの煙のないところで祝勝会を行おう」

 そう言ってクレイグはわたしの頭を撫ぜる。

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