第5話 アージェント廃坑

「『暁光ぎょうこう』」

 バイロンが呪文を唱えると、大きな光の球が頭上に灯り、わたしたちの周囲を明るく照らす。


 廃坑の洞穴は十分に広く、横に人が十人並んでも平気なくらいだった。バイロンの光の球はとても明るく、これなら敵が出てきてもしっかり見通せるだろうと思う。


「これは朝日をイメージして作り出した光だ。この光に本当に太陽の効果があればアンデットをいくらか怯ませることができると思うんだが、おそらく明るいという以上の効果は期待できない」


「十分さ。この明るみになれば、我々が出足を躊躇するということはなくなる。戦闘の際のアドバンテージになる。

 このまま真っ直ぐに進めば目的の広場に辿り着く。アージェント銀以外に宝物があるような遺跡ではないから、無駄足をせずに目的地へと向かおう」


 クレイグが真っ直ぐに指を差す。確かに明るくなった坑道には分かれ道がいくつも走っていて、地図を持っていなければ、少し迷ってしまうかもしれない。

「アラン、アンデットの気配の探知はできるか?」

「はい。これから探知の祈りを唱えます。

 『しゅ

 不浄なる者のある場所を示したまえ』」

 アランが祈りの言葉を発すると、アランの顔の前に光が広がった。


「クレイグ、これは心して掛からなければなりません。想像以上というものを遥かに越えた数の個体が確認できます。いくつかは今の祈りによって我々の存在を認知した者がいるかもしれません」

 アランは続ける。

「加護を祈ります。

 『主よ

 我らに護りの衣を着させ給え

 あなたの御手による護りは堅固で

 まさしく天の城砦のよう

 我らを不浄なる者から護り給え』」


 お、なんかぱちぱちっとした光がわたしの体を包んだぞ。きっとこれが護りの光なんだね。

「肉体と精神と霊を護る祈りです。これで敵に触れられたとしてもドレインされる確率を低めることができます」


「ドレインてなあに?」

 わたしはアランに尋ねる。

「ゼーローゼさんにはあまり意味のないものかもしれませんね。肉体を持つ我々は、アンデッドに触れられるとその呪いによって老けこんでしまうのですよ。様々な能力が衰えてしまうのです。なぜアンデットがそのようなことを行うことができるのかは未知なのですが、私が考えるには、それを受け取る側の、つまり生きている私たちの恐怖の感情がそれを行なってしまうのではないかと考えています。とはいえ、ゼーローゼさんもエレメントなわけですから、その精神に影響があるかもしれません。十分に注意をしてください」

「分かった。アラン、ありがとう」


 わたしの声を遮るようにしてアランが叫ぶ。

「注意してください。群がった何者かが向かってきます!」

 わたしにも分かる。冷気が風のようになって吹き込んでくる。


「承知している。バイロン!」

「『溶銀手手ようぎんしゅしゅ』」

 バイロンが呪文を唱えると少し手前の床からどろどろと光る手の形がいくつも生えてくる。なんだこれ。見た目がすごく気持ち悪い。

「当たり! まだ銀は残っている」

 坑道の床はどろどろとした銀色の手で埋め尽くされる。それらは蠢いていて生きているみたいに見える。


 その上を、鈍い銀色の塊が駆け込んでくる。それは甲冑を着込んだ戦士の群れだった。戦士達はうねうねした銀色の手などお構いなしにこちらに向かってくる。その甲冑の足をバイロンの魔法の銀色の手が掴む。がしゃんがしゃんと音を立てて、甲冑の戦士達が倒れ込む。


「『主よ

 悪霊に取り込まれし戦士の霊を速やかに解き放ち給え

 今は安寧の時

 霊と心を安んじ、終わりの時までの

 しばしの眠りの時を与え給え』」

 クレイグが祈りを唱えると銀の手に掴まれていた戦士達の動きが止まる。からんからんと糸が切れたみたいに甲冑が地べたに転がる。


「解呪は成功したな」

「10体くらいか。先遣隊として向かってきたということか。あといったいどのくらいの戦士がいるのだろう」

「肉体は空のようですね。骨も残っていない。ただ甲冑だけに霊が宿っていたということでしょうか」

「甲冑に霊をとどめるようなやり方で操っているのかもしれない。この中には宝剣も首飾りもないようだ」


 待って! バイロンの光の向こうから強い魔力の気配を感じる!

「なんか……」

「『核撃かくげき』」

「はっ! 『石棺せっかん』」


 ドーン、という凄まじい音が坑道の中にこだまする。そして物凄い爆風。わたしの体がばちばちと震え、青く光る。それが電気が走ったように痛みを与える。

 思わず目を閉じたわたしだけれど、すぐに目を凝らして辺りの様子を確認する。

 坑道の両壁から巨大な岩の手が突き出して合掌しているのが見えた。


「馬鹿な。『核撃』など、もう使われることのないいにしえの魔法だぞ。対処を誤っていたならば、我々はたちまち消し炭になっているところだ。クレイグ、やばすぎる!」

「それでも解呪はできる。敵の魔法使いの姿を索敵した。戦士の姿も多数。アラン、解呪を!」


 巨大な岩の手の向こう、バイロンの光が届かない所で、ぼうとぼんやり光る火の玉のようなものが10個くらい足元の辺りに浮かんでいる。


「『主よ

 悪霊に取り込まれし霊を速やかに解き放ち給え

 今は安寧の時

 霊と心を安んじ、終わりの時までの

 しばしの眠りの時を与え給え』」


 アランの解呪の祈りでその火の玉は青くなり、そしてかき消えた。

「バイロン、大丈夫です。いくら古代の魔法を使うとしても主の力は遠く過去にも及びます。そして相手の魔法の効力の範囲にいるならば、我々の解呪も行うことができるのです」

 アランの祈りによって、敵の魔法使いと戦士が解呪されたのだった。残っているのは擦り切れたローブと甲冑のかたまり。


「いや、やべえよ。こんな魔法、実戦で使われるのは初めてだ。古代の霊と戦ったことはあるけれど、失われた魔法まで使ってくるなんて反則だぜ」

「でもこれで二個小隊を解呪することができた。あとどのくらいいるかは分からないが、何とかなるだろう」


 わたしの体、まだびりびりしているよ。ほら、青い光が瞬くように流れてゆく。いったい、あれ何だったんだ?

「ねえ、バイロン。わたしの体おかしくなっちゃった」

「荷電粒子の運動というやつの反応とかかもしれん。直撃は食い止めたけれど、いくつかの粒子は外に飛び出したな。水の体を持つゼーはもろにその影響を受けてしまっているな。ダニエル、ゼーの体を見てやってくれ」

「これは僕も初めて見た。癒しの詩を歌おう。

『ささくれたさざなみを鎮める

 その柔肌は春の絹に包まれ やわらげ

 いななく風よ鎮まれ

 毒傷 速やかに乙女の体より去れ』」


 ダニエルがわたしの手のひらに触れて、詩を歌ってくれる。わたしの体の光は徐々に萎んでゆき、やがて元に戻った。

「ふう。落ち着いた。ばちばちしちゃって痛くてびっくりした。ダニエル、治してくれてありがとう。ダニエルは召喚だけじゃなくて癒しも行うことができるんだね」

「これは呪歌じゅか。吟遊詩人が得意とする祈りというか魔法みたいなものだよ。召喚士は詩を生業としているから、詩人のようなこともできるんだ」


 わたしたちは、お互いの無事を確認した後、巨大な岩の手をくぐり抜けて坑道の奥へと進む。

「このおっきな手、なくならないの?」

「ああ、しばらくはこのままにしておく。術者が解呪されたから大丈夫だとは思うのだが念の為、魔法が解放されないようにしておく。帰りの時までそのまま残してくことにする。坑道の岩盤は結構丈夫みたいだ」


 しかし本当にやばかったとバイロンがぶつぶつと呟いて壁を叩いている。こんな巨大な岩の手を繰り出せるバイロンが慌てるくらいだからよほどの出来事だったのだろう。この先にいる敵ってもっと強いんじゃないの? 大丈夫かな。心配になってきたよ。


「ダニエル。ベヒモスは呼びかけに応じてくれそうか」

「いや、まだだ。戦いに不確定な要素を持ち込みたくない。フェンリルを呼ぶ」

 ダニエルは、ぼろぼろの編み上げた縄を取り出して、召喚の詩を歌い始める。

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