バーベナ、散った日に

西の海へさらり

【第一話】弁当を食べられた花井隆太郎

 春から秋まで咲き続けるバーベナ。桜の花びらのような可憐な姿。ケルト人はバーベナに呪術の力を見出していた。魔力の意味も持つこの花は、キリストが処刑されたゴルゴダの丘にも咲いたという。バーベナの花の色によって、その意味も変わってくる。白は祈り、赤は団結、ピンクは家族の愛、そして、紫は同情と後悔。犯人が見たバーベナは何色だったのか?


「無視ってイジメでしょ」

 姉が詰問してくるのがなんだかうっとおしい。

「隆太郎が悪いわけじゃないのに、そんなの許せないなぁ。顧問のあの、えーっと谷垣先生。そうそう高城先生妊娠させたあの先生。谷垣っちに言いつけようよ」


 姉ちゃんが勝手にヒートアップしてる。年子の姉の存在は頼もしくもあるけど、同じ中学ということもあり、俺が激烈中二真っ盛りの思春期ということも考慮すると、つまりだ、姉ちゃんは煩わしい存在だ。


 バレーボール部の同級生たちから突然無視されるようになった。ゴールデンウィークが明けてからだから、かれこれ二ヶ月だ。夏の大会が始まるってのに、セッターがトスをあげてくれない。そのせいで顧問にアピールする機会も減ってしまった。顧問はバレーボール経験者だが、体罰が美徳として育ってきた世代だ。フツーに考えて、セッターのトス回しが悪くなってるんだから、セッターに指導しそうなもんだけど、そうもいかない。しかも、体罰をむき出しにしたコーチングができないことで、生徒の顔色を窺っているようにも見える。


 最近、家も買ったらしいからローンも大変なんだろう。奥さんの高城先生は結婚してスグ妊娠しちゃったから、産休でなにかと大変だろう。とにかく、顧問にイジメのことを言ったって、なかったことにされそうだ。

 拝島・井草・手塚の三人が執拗に俺を追い詰める。ケンカになれば、手を出した方が負けだし、受験の内申書にも響いてしまう。そんなのこんなバカたちのせいで、右肩下がりの人生になるなんてゴメンだ。


 部活はやめないし、学校だって行く。とにかく俺が悪いわけじゃぁないんだから、後ろ向きに生きる理由なんてないもの。

「隆太郎、おまぇさぁ昼休みにぃ、部室に来いよな」

 手塚がわざわざ朝イチで隣の教室まで来て、拝島の伝言を伝えに来た。力関係は、キャプテンでアタッカーの拝島、セッターの井草、リベロの手塚の序列だ。


「なんで行かなきゃなんないんだよ」

 言い返したときには手塚はもう自分の教室に戻っていた。井草も手塚も俺より背は低い。ケンカすれば二対一でも勝てる気がする。でも、ケンカなんてしない。ケガさせたら、治療費だろ、イシャリョウだろ、菓子折り代だろなにかとお金がかかる。ウチはとんでもないくらいに、ビンボーなのだ。


 四時間目の体育の授業のあと、サッサと弁当を食べてしまおうと急いで教室に帰った。部室に連れていかれたら、もしかしてアイツらにケガさせられてしまうかもしれない。最近は、無視だけじゃなくて肉体的なイジメもしてくるようになったからだ。小突いたり、なんか関節技みたいなのをかけてきたり、じゃれてる風にしてくるから、反撃しにくい。


 教室に戻り、急いで弁当箱を開けた。なんだか軽い。おそるおそる弁当箱のフタを開けた。ひどい、誰かが食べたあとだ。母さんがつくってくれたハンバーグがかじられてる。いつもあるはずの玉子焼きが二個ともない。ブロッコリーはそのままだ。ご飯は八割食べられている。体育を休んでたあの三人組の仕業だ。きっとそうだ。でも証拠がない。


「花井くん。あのぉ」

 もうひとりのいじめられっ子、一之瀬が声をかけてきた。

「なに?」

「あのさ、ぼく、体育休んでたんだけど、コレ見てもらえれば」

 一之瀬はスマホを見せてくれた。下校までは電源をオフにしておかないと生徒指導の先生に没収される。そんなリスクがあるのに、一之瀬はスマホで撮影した動画を見せてくれた。教室の外からだったが、アップにするとよくわかる。拝島が俺の弁当を食べていた。決定的な証拠だった。


「これをさぁ、谷垣先生のところに持っていけば、いいんじゃない?」

 一之瀬は普段から拝島にきつくイジメられている。自分のイジメを記録するために持ってきたはずのスマホだったが、結果的にいじめっ子を学校に認識・認定させれば拝島からのイジメもなくなると考えたのだろう。

「いや、いいよ。トラブルはごめんなんだ。正直腹が立つけど」

「だめだよ、これは決定的な証拠なんだ。アイツがいじめっ子ってこと、学校にわからせようよう」


 一之瀬は自分のイジメにもつなげたいのだろう。学校が本気でイジメ調査なんてするはずないのに。でも、俺のことだけじゃなく、一之瀬のイジメも収まるなら、まぁいいかと思った。俺たち二人は、昼休み職員室に行って問題の動画を谷垣先生に見せた。

「これは、確かに早弁してるな」

「早弁じゃないです、花井くんのお弁当を拝島くんが食べてるんです」

 一之瀬は俺の食べかけの弁当の写真を谷垣先生に見せた。


「これさぁ、でも花井が食べたって事も考えられるでしょ」

 谷垣先生は抜群の保守的なポジショントークで俺たちを翻弄しようとした。

「もう、いいよ。帰ろう」

 俺は一之瀬の腕をつかんで職員室から出ようとした。トラブルに巻き込まれるのだけはゴメンなんだ。


「ダメだよ!アイツは、いじめっ子なんだ。俺たちはいじめられているんだ!」

 一之瀬は中学に入学してからおそらく、一番大きな声を出したのだろう。そして泣いていた。五時間目開始のチャイムが鳴る。


 他の先生たちは、何か起こってそうだと認識していたが、我関せず、授業の準備をして教室に向かっていった。


「一之瀬、そのスマホ借りていいか。動画みておくから」

「ダメです。先生に渡したら消されてしまうかもしれません。動画は先生のメールに送っておきます」

 一之瀬はそういうと、俺の腕をつかみ返し、教室へと戻っていった。


 翌日、ネットではある動画がバズってた。その動画とは、一之瀬が撮影した動画だった。SNSにアップされていたのだった。


 普通に見たら、弁当を教室で一人食べてる中学生といったところだが、コメントをつけながら動画を編集されている。「いじめっ子がイジメてる子の弁当を勝手に食べてる。コイツに制裁が必要だと思う人は拡散を!」と。


 朝起きて日課のSNSで気づいた。姉ちゃんは俺より早く気づいていたらしい。制服が自分の中学校だったこと、見慣れた教室だったことである程度確信はできていたようだが、決め手は俺が弁当を拝島に食われたことを姉ちゃんに話してたことだった。動画と俺の話が一致したんだろう。姉ちゃんのラインの通知が止まらない。三年生のグループラインでは超トレンド動画になったのだろう。


 俺は一之瀬から放課後にあの動画をもらっていた。ついでにラインで友達にもなった。あの動画を持っているのはあと、谷垣先生だけだ。一之瀬に大急ぎでラインをした。


隆太郎【あの動画アップしたのか?】

一之瀬【そんなことしてないよ】

隆太郎【じゃぁ、だれがやったんだよ】

一之瀬【花井くんでもないなら、谷垣先生しかいないよ】

 ラインはそこで終わっている。学校で直接話をした方が早かったからだ。


 同時にネットは拡散が進んだ。否定的なコメントばかりで、さすがに被害者の俺が見てもげんなりする。次第に、制服や窓の外の風景から中学校が特定され、食べてた人物が二年生の拝島だというところまでバレるのも時間の問題だった


〈コイツ、サイテーな奴だな〉

〈自分より弱いやつを見つけて、イジメてるってカスですよ~。カス〉

〈とことん追い込んでやろうぜぇ〉

〈おうち特定されるよぉ、コレ!!〉

など、その中に個人名が特定されているものがあった。


〈拝島和也、○■県▽市の画分島中学校二年生、バレーボール部キャプテン、同級生二名を虐めている。十歳の頃に両親が離婚、母親に引き取られ、その後再婚。新しい父親との関係に悩んでいる。再婚によって妹ができた(父方の連れ子)〉


 どこで、ここまでの情報が出たのかは誰にもわからなかった。ネットでさらされた拝島和也の情報は友達の井草や手塚すら知らなかったことだった。

 隆太郎も拝島の下の名前すら知らなかったし、一之瀬も血のつながらない妹がいるなんて知らなかった。


 拝島は教室にいなかった。担任の瀬古真奈美は職員室で対応に追われていた。拝島が自宅の窓から飛び降りたのだった。

 拝島が一命をとりとめたという知らせは、三時間目が終わった頃に古瀬先生からみんなに報告された。


(つづく)※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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