第18話 王弟殿下のお仕事

「わたしに手紙?」


 斜め向かいの席に座っているディートシウスが執事から手紙を受け取る。

 その日、カルリアナはディートシウスと一緒に、シュテルンバール公爵邸の食堂で昼食をっていた。今日の勤務は公爵邸での仕事だったので、ディートシウスに誘われたのだ。


 ディートシウスはあの夜会以来、さらに距離を詰めてくるようになった。カルリアナもそれが嫌ではなく、自然とお誘いに応じるようになっていた。

 それに、ディートシウスがカルリアナをエスコートし、悪い噂の出どころだったギーナを退散させたおかげで、よい変化があった。

 友人によると、今ではカルリアナを悪く言う者は誰もいないらしい。むしろ、「あのディートシウス殿下を射止めた魅力ある女性」として持ち上げられているそうだ。


(「射止めた」と言われましても……「好み」だと言われただけですし……)


 理性的に考えようとするものの、ディートシウスの態度を見ていると、やはり自分に特別な好意があるように思えてしまう。

 オイゲーンはカルリアナを女性扱いしてくれなかったので、男性にアプローチされるのは初めてだ。最初は反発を感じもしたが、ディートシウスの性格がわかってきた今では、好意を伝えられるたびに、くすぐったい気持ちになる。


(このまま殿下と過ごしていくと、どんな未来が待っているのでしょう……)


 そう考えると、無性に恥ずかしくなるのだった。

 そんなわけで、カルリアナは食後のお茶を楽しんでいたのだが、ディートシウスが執事から受け取った手紙が気になったので、チェーンから下げていた眼鏡を掛ける。手紙の封蝋には、二匹の竜が首を交差させた紋章が押されていた。


(あれは確か……冒険者ギルドの紋章)


 ディートシウスが国内の冒険者ギルドの後援者であることは、彼の仕事を補佐するカルリアナも知っている。

 開発の進んだ現代では、未踏破の迷宮や鬱蒼うっそうとした森林は減ってしまったが、武勇やさまざまな技能を持つ冒険者は今でも需要のある職業だ。


 とはいえ、カルリアナ自身は魔物や害獣討伐の依頼を領地の冒険者ギルドを通じて出したことがあるくらいで、直接冒険者と関わったことはなかった。ほとんどの貴族がそんなものだろう。

 手紙を開封し、中に目を通したディートシウスは、「ふーん」と興味があるのだかないのだかわからないような声を出す。


「カルリアナも見る?」


 少し興味を覚えたのでカルリアナは答えた。


「拝見します」


 カルリアナはディートシウスが差し出してきた手紙を受け取った。

 内容は大体次のようなことが丁寧に書かれていた。


 王都ゾネンヴァーゲンからそれほど離れていない遺跡【聖地】で、冒険者の行方不明事件が発生している。【聖地】は冒険者ギルドによって上級に指定されている探索エリアで、み着いている魔物は強いが、貴重な魔石が採れることで有名だった。


 ところが、少し前に魔石の採掘に向かった冒険者パーティーが、冒険者ギルドに戻ってこないという事件が起きる。冒険者および冒険者パーティーの中では上から二番目のランクであり、信頼されている金剛竜級冒険者パーティーが依頼を放り出して姿をくらますことなど考えられず、冒険者ギルドは彼らの行方を追う新たな依頼を出した。


 しかし、その依頼を受けた別の金剛竜級冒険者パーティーもまた、戻ってこなかった。


 あまりの異常事態に、ギルド側は【聖地】に結界を張り、立ち入り禁止にした。納得しなかったのは、行方不明者の帰還を待つ彼らの家族だ。「立ち入り禁止にするだけで幕引きを図り、生きているかもしれない冒険者たちを見殺しにするのか」と連日ギルドに押しかける。


 ギルド側は困り果てた。頼みの綱は金剛竜級の上の神竜級冒険者だが、彼らは王都でも一握りしかおらず、招集をかけてもなかなか集まってくれるものではないからだ……。


 手紙を読み進めたカルリアナはつぶやくように言った。


「遺跡【聖地】ですか。古代、神鳥や神獣をあがめる者たちにより、神聖な地とされてきた場所ですね」

「さすが博識だね。それが今では荒れ果てて魔石の採掘場になっているんだから、皮肉なものだよねー」


 確かに、当時の信者たちからすれば、たまったものではないだろう。


「ところで殿下、手紙の末尾に『至急冒険者ギルドまでおいでください』と書いてありますが、これはどういうことですか? まさか、殿下自ら神竜級冒険者たちをご招集なさるわけではないでしょう?」

「ああ、それね。やっぱり気づいた? 要するに、一番所在がはっきりしている神竜級冒険者パーティーにお呼びがかかったってわけ」


 ディートシウスが示唆した事実に、カルリアナは一瞬自分の結論を疑い、その直後に〝いえ、十分にあり得ます〟と思った。

 ディートシウスの本名はディートシウス・ザシャ。そしてケルツェン王室の家名はダールグリュンだ。


「……あまり考えたくはございませんが、もしかして」

「そ! 実はね、わたしは神竜級冒険者のザシャ・グリュンなんだー」


 カルリアナは頭痛がしてきた。


(神竜級冒険者ザシャ・グリュン……。貴族のあいだでも有名な、決して顔を出さない人物とは聞いていましたが……)


 まさか、危険と隣り合わせの冒険者を王弟がしているとは。

 呆れ返るカルリアナを前に、ディートシウスは得意げだ。


「平時にわたしの戦闘技術を眠らせておくのも、国家レベルの損失だと思ってさー。一応、冒険者ギルドに登録していて、たまに呼ばれるってわけ」

「……お聞きしておきますが、パーティーはどなたと? まさか、ソロ冒険者ではいらっしゃいませんよね?」

「ゲアとクラウスだよ。彼らも神竜級冒険者だからね」

「……殿下がご登録をお勧めに?」

「うん。本当は一人でもよかったんだけど、冒険者っていうのはパーティーを組むのが醍醐味だいごみだと思ってさー」


 友達と行くピクニックを楽しみにする子どものようである。先ほどまで呆れていたのに、カルリアナは少しおかしくなり、吹き出しそうになった。


「それで、依頼をお受けになるのですか?」

「もちろん。金剛竜級冒険者はケルツェンにとっても貴重な存在で、功労者だからね。無事ならそれでよし、もしそうでなかったら――遺族に遺品くらいは渡してあげたい」

(こういうところは、変に義理堅いというか、まじめな方なのですよね)


 普段はふまじめそのものだが。

 ディートシウスの表情が真剣なものから明るいものに戻った。


「カルリアナも一緒に来る? 補助魔法を使えれば立派な戦力になるし、行き先が遺跡となると、君の知識とあの便利な固有魔法が必要になるかもしれない。冒険者ギルドへの登録は、王室特権でわたしたちみたいに偽名ですればいいからさ」

「確かに補助魔法は使えますが……太陽学院のダンジョン演習しか経験していない身で、神竜級冒険者についていけるでしょうか?」

「大丈夫大丈夫、君はわたしが守るからさ」

(また……この方は……)


 そんなことを言われると、ちょっとだけ甘えてみたくなる。今まで、父にもほとんど甘えたことがなかったのに。

 それに、本音をいえば、危険な場所に赴くディートシウスのことが心配だった。

 もちろん、そんなことを口に出せばディートシウスが調子に乗るので、カルリアナはこう言った。


「そうですね。【聖地】には興味がございます。冒険者や探検家、考古学者くらいしか縁のない場所ですし、未発見の貴重な遺物があるかもしれませんしね」

「じゃあ、決まりだ」


 ディートシウスはうれしそうに笑った。

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