第14話 海色のドレス(後半メラニー視点)
カルリアナは夜会に備え、侍女のメラニーに頼んで手持ちのドレスを仕立てなおしてもらったのだが、夜会当日の三日前に突如として新しいドレスが届いた。ジムゾンによると、ディートシウス名義の贈り物らしい。これを着て夜会に出席しろということだろう。
流行を押さえ、スカートをパニエで膨らませるスタイルかつ、レースと金糸で装飾された上品なドレスで、有名なデザイナーの手によるものだ。とても高価なものではあるが、ディートシウスならポンと出せる金額だろう。
(まったく、人を驚かせるのがお好きなのですから……それにしても、どうやってわたしの身体のサイズを知ったのでしょうか? いえ、それよりも!)
問題はドレスの色だった。グラデーションになっており、上半身が深い青。色がじょじょに淡くなっていき、スカートの下半分が南国の透き通った海のような色なのだ。
そう、他ならぬディートシウスの瞳の色そのものなのである。
これではよほど鈍い人でない限り、カルリアナがディートシウスの恋人に見えてしまうだろう。
しかし、まさかディートシウスからの贈り物を着ずに、彼のパートナー役を務めるわけにもいかない。
しかも、ジムゾンはカルリアナが王弟殿下のパートナー役を務めるだけでなく、高価な贈り物をもらったことに対して、うれし泣きしそうなくらい感極まっている。
侍女やメイドたちも、美男だと評判のディートシウスがカルリアナに格別な好意を示していると口々に言い合い、大はしゃぎだ。
ただ一人、メラニーだけは違った。海軍軍人の娘で、カルリアナの護衛も務めるメラニーは、しかめっ面でこう言い放つ。
「婚約者でも恋人でもないのに、こんなに高価なドレスを贈ってくるなんて、王弟殿下とやらは何を考えているのでしょう。金に物を言わせてお嬢さまを『俺の女』扱いですか? しかも、ドレスを贈ってくるということは、サイズを把握しているということですよ。恋人でもないのに身体のサイズを知っているなんて、気持ち悪い! 一度、わたしに話を通してもらわないと、大切なお嬢さまをエスコートさせるわけにはまいりません!」
「メラニー、やめておきなさい。相手は権力者です。ドレスを受け取るだけでいいのですから、ここは穏便に済ませましょう」
カルリアナが諭そうとすると、メラニーは気まずそうに問いかけてきた。
「……お嬢さまは、その王弟のことがお好きなのですか?」
「それは……」
自分でもよくわからないカルリアナは口籠もるしかない。メラニーが勢いづく。
「そうでしょう? 好きでもない異性からもらう贈り物なんて、ただのありがた迷惑です! あの最低男オイゲーンの再来かもしれませんし、用心するに越したことはございません。当日は、その王弟が本当にお嬢さまをエスコートするのにふさわしい人物なのか、見定めさせていただきます!」
(メラニーはいい子ですけれど、ときどき暴走するのが困りものですね……)
だが、それはカルリアナに忠誠を誓うあまりの行動だ。幸いにも、ディートシウスは身分差のある少女に無体なまねをするような人ではないので、〝彼をメラニーに紹介してみましょう〟とカルリアナは思った。
***
そして、夜会当日。
侍女仲間たちとともにカルリアナの着替えを手伝い終えたメラニー・フォン・ヴィンクラーは、感嘆のため息をついた。
「……とても素敵です。お嬢さま」
グラデーションになった海色のドレスは、細身のカルリアナにぴったりのサイズだ。照明を浴びるとスカートの下半分が本当の水のようにきらきらと輝き、彼女の知的な美しさをより際立たせていた。
カルリアナの瞳は深い
しかも、このドレスはカルリアナの肌や髪色と見事に調和していた。
(これを贈った王弟とやらは、センスだけはいいようね)
このあと、その王弟がカルリアナを迎えに来る
〝その男がお嬢さまにふさわしいか、しっかり確かめないと〟とメラニーは再び心に誓った。
ちなみに、メラニーもカルリアナも不審に思っていた、「なぜ、王弟はカルリアナの身体のサイズを知っていたのか問題」だが、それは後日判明した。
王弟の使用人の中に、かつて服屋に勤めていた女性がおり、一目見ただけで相手の身体のサイズがわかってしまうのだという。王弟はその使用人に命じ、カルリアナが屋敷に出勤したときに、それとなく観察させたのだそうだ。
しかも、カルリアナがそのことについて問い質すと、悪びれもせず
(変人なのかスマートなのか、よくわからないわ)
やがて、メイドの一人が王弟の馬車が到着したことを知らせに来た。
メラニーは侍女仲間たちとともにカルリアナに従い、屋敷の車寄せに出た。
鳥の紋章が描かれた馬車の前に、長身の男性が立っている。
(――え)
後頭部でひとつに束ねたホワイトブロンドの髪。カルリアナが今着ているドレスのスカート下部の色を
小憎らしいほどにスタイルがいいのに、顔面も恐ろしく整っていた。〝今の俳優にこんなにも美しい男はいたかしら〟とメラニーはぼんやりと思った。
(って、顔だけの男なのかもしれないし!)
おそらく、この男が例の王弟なのだろう。メラニーは敵意をみなぎらせ、彼を
王弟がカルリアナに近づいてくる。
「カルリアナ、そのドレス、すっごくよく似合ってる。気に入ってくれた?」
カルリアナは優雅に
「ありがとう存じます。ですが、昨日も申し上げましたとおり、このような色をご選択になる必要はあったのでしょうか?」
「これなら、わたしとの噂が立つこと間違いなしでしょ? どうでもいい元
「そういう問題ではないのですけれど……」
と言いつつも、カルリアナはまんざらでもないように見えた。彼女の視線が王弟の袖口に釘づけになる。よく見ると、そこには翡翠のカフスボタンが留まっていた。
「あ、気づいてくれた? 君の瞳の色に合わせてみたんだ。ほら、指輪も」
そう言いながらにっこり笑って、王弟は左手の小指にはめた翡翠の指輪を見せた。
カルリアナの頬が赤く染まった。
「……困ります。そういうのは」
「どうして? わたしたちお互いにフリーなんだからいいじゃない」
どう見てもカルリアナが口説かれている。二人はお似合いの美男美女に見えた。その光景に他の侍女たちはうっとりしている。
メラニーはハッとした。
(いけない! 顔がいいだけの頭が軽そうな男から、お嬢さまをお守りしないと!)
メラニーはカルリアナの一歩うしろに進み出ると、コホンと
「あ、そうでした。殿下、こちらはメラニー・フォン・ヴィンクラー。わたしの侍女です。わたしが幼いときから仕えつづけてくれていて、妹のようなものなので、ぜひ紹介しておきたいと存じまして」
メラニーが
「よろしくー、シュテルンバール公爵、王弟ディートシウスだよ。ところで、メラニーって言ったっけ? 君、武術を
「……はい」
驚きのあまり、メラニーがそれしか返せないでいると、カルリアナがディートシウスに問いかける。
「よくおわかりになりましたね。メラニーは騎士階級出身で、軍人の父君から武術を学んでおります。わたしの護衛も務めてくれているのですよ」
「歩き方でわかるよ。無意識だろうけど、足音を立てないようにしているからね。それに、構えているときに右腕に力が入る癖がある」
ディートシウスはメラニーに向け微笑した。それこそ、魔族の中でも最も美しく恐ろしいとされる悪魔のように。
「人を睨みつけるときは、もっと相手にバレないようにしたほうがいい。
ディートシウスの目つきを見て、メラニーは全身が総毛立つのを感じた。
目の前の男は自分より圧倒的に強い。
聞いたことがある。王弟ディートシウスといえば、【軍神】と称えられる救国の英雄なのだと。単に戦略・戦術を立てるのが巧みなだけではない。この男は本物の戦士だ。
子どものときからそこいらの男性よりも強く、ケンカでは負けたことのないメラニーが、生まれて初めて恐怖を覚えた。
「……はぃ」
メラニーが消え入りそうな声で応えると、カルリアナはディートシウスに抗議した。
「あまりメラニーを脅かさないでください。わたしの大切な友人なのですから」
「ごめんごめん。しっかし、『わたしの大切な友人』かー。わたしも君に大切にされてみたいなー」
「そういうところを改めていただければ、考えます」
「そう? なら、今からでも頑張ってみようかな」
カルリアナの塩対応にもめげず、ディートシウスは明るく笑っている。その表情は先ほどメラニーに向けられたものとは違い、とても優しかった。
この人はお嬢さまとの恋路を邪魔する者を絶対に許さないだろう。
(だけど、わたし以上にお嬢さまを守ってくれるかもしれない……)
メラニーは婚約破棄騒動のときも、カルリアナを励ますことくらいしかできなかったから。
カルリアナはディートシウスに付き添われ、馬車に乗り込む。その姿を、メラニーは少し寂しい思いで見送った。
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