クーちゃんと父と私


「もう良い年なんだから、ぬいぐるみで遊ぶのはやめなさい」


 そう言って母は、クーちゃん──クマのぬいぐるみを私から取り上げた。

 そのままゴミ袋に入れようとする母にしがみつき、抵抗する。

 ばしん!

 腕を強く叩かれてしまい、あまりの痛さに思わず叫び声をあげた。


「何をしているんだ!」


 間に入ってきた父と母が言い争いを始めた。

 両親の喧嘩はいつものことだ。

 こうなると父も母も、私が何をしようと見向きもしないのだが、そっと壁の方へ移動してやり過ごす。


「中学生になってからも、ぬいぐるみで遊ぶなんて、頭おかしいわよ。こんな子になるなんて……」


 まるでゴミを見るような母の目が、大人になった今でも忘れられない。


 本人が納得していないのに捨てるのは良くない、精神的に不安定になるのではないか──という父の主張に、母はしぶしぶ納得。

 クーちゃんは廃棄処分は免れたものの、箱に入れられ、押し入れの奥に仕舞われることになった。



 その後すぐに両親は離婚。

 私は父についていくことになった。

 母は鬼の形相で文句を言っていたが、そういうところが嫌だから父についていく、ということがわからないのだろう。



 私と父は、ろくに荷物もまとめられず、逃げるように父の実家へと転がり込んだ。

 思春期の娘を男手ひとつで育てるのは不安だ、と申し訳なさそうな父。その顔を見て、父についてきて良かったと心から思った。



 私の部屋として案内された、二階の西向きの部屋。

 ドアを開けると、そこには持ってくることが出来なかったクーちゃんがいた。


「どうして……」


 クーちゃんをぎゅっと抱きしめる。

 どんどん涙が溢れてきて、止まらない。



 もしかしたら、こっそりと捨てられてしまうかもしれない──そう思った父は、実家にクーちゃんを預けてくれていたのだった。


 



────さよならは言わないで


 2024.12.03.

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