第二部 5話 さくらと紅葉
全滅した。
親戚一同「そんなにたくさんの人形は受け取れない」と、全面拒否された。
「はあぁぁぁ……」
さくらは深く溜息を吐いた。
誰がどこから見ても落ち込んでいて声を掛けずらい有様をしていた。
「ママーブランコ乗りたいー!」
「うーん……別の公園行こっか」
そんな親子の話声など聞こえているわけがなかった。
迷惑この上ない有様ではあるが、ほとんど無意識のうちにブランコに座っているので、誰かが声を掛けなければどいてはくれないだろう。
「どうしよう。……ここ半年は卒業制作でお姫様たち構ってなかったし、これからプロになるならさらに時間は減る。部屋に段ボールなんて置けそうにない。……ああぁぁ――」
さくらはガシガシと頭を無造作に掻いた。頭がパンクしそうになる。
「はぁ……」
空を見上げながら溜息を吐いた。
視線を下ろした時、小さな女の子が視界に映った。
木陰に隠れて辺りを見渡している。
迷子かと思いブランコから立ち上がり、小学生と思われる女の子の方へと歩みを進めた。
辺りを見渡しても親らしき人影は見えない。危ないな、と思いながら近づいていると、彼女が何か抱えているのが見えた。
さくらはそれを見て息を飲んだ。
彼女はそれが何かを知っている。
それはさくらの持っているお姫様と同じシリーズの一人、王子様だった。
それを見るやいなや、さくらの足は早くなった。
早く話しかけたい。
始めて見た同じシリーズの人形を持った女の子に期待を寄せる。
近くまで来ると、女の子は怯えた表情で一歩その場から引いた。
不思議に思ったさくらは一度腰を落として、彼女と同じ高さの視線に合わせる。
「初めまして」
「……」
女の子はそっぽを向いた。王子様をぎゅっと抱きしめて、また一歩距離を取られた。
さくらは諦めずに話しかけた。
「そのお人形さん格好いいね。私の所にもね、お姫様がいるの」
お姫様という単語を聞いたからなのか、女の子の表情が少し明るくなった気がした。
これはいけると踏んださくらは、どんどんと距離を近づける、
「お人形好きなの?」
「……うん」
女の子からの初めての返事がもらえた。それが嬉しくて、さくらはさらに距離を詰める。
「この子はどこで会ったの?あたしはね、お姫様とおもちゃ屋さんで会ったの」
女の子は一度視線を外してから話してくれた。
「……おばあちゃんのお家。……いっぱいお人形さんが居て……王子様が、一番格好良かったの」
女の子は照れ臭そうにしていた。
「そうなの!ねえ、もっとお人形さんのお話聞きたいな。そこのベンチでちょっと話さない?」
女の子は再び距離をとった。
さくらはなぜそうなったのか不思議に思ったが、今までの行動を鑑みればその疑問はすぐに解消できた。
知らない女の子に近づき、人形の話をして、一緒にベンチで話をしたい。これだけではただの不審者に映ってしまっていてもおかしくなかった。
「ち、違うの!別に怪しいとかそんな!何か変なことしようとしているわけじゃなくて!……あー!なんて説明すれば!」
一人大声を上げて変な動きをしていたせいなのか、女の子はさらに距離を取って今にも逃げようとしていた。
普通の子供ならその行動で間違いはないのだが。今のさくらにとっては不都合な行動をとられている。
色々考えた末に思いついたのは、部屋の人形たちの写真を見せることだった。
さくらは急いで携帯電話を取り出し、写真フォルダを開いて、一枚の写真を女の子へ見せた。
「み、見て!ほら、ここにいる子たち、その王子様とおんなじシリーズの子たちだよ。他の子はあたしやお母さんが作った子なの。どう?かわいいでしょ」
さくらが急いで説明を終えると、女の子は携帯電話に近づき、写真をまじまじと見つめた。
「……他のは、あるの?」
興味の出た眼差しに、さくらはさまざまな写真を見せた。
見せるたびに、わあ、と、すごーい!と、さまざまな反応を見せた。
それを見るたび、さくらは嬉しくなる。
「みんな可愛いね。広いお国……」
「あ、やっぱり国に見える?」
「うん。違うの?」
「うん。今は村なの」
「そうなの?どうして?」
今度はさくらが楽しそうに語りだす。ここまで真剣に話を聞いてくれる子は初めてだったので、嬉しいのだ。
「お人形さんって、お姫様っていうこと以外あんまり設定とかないでしょう?」
「お姫様だけじゃダメなの?」
「うーん。別にいいんだけどね。あたしの場合はお姫様たちにお洋服作ってたから、色んな設定作って遊んでたよ」
「どんなの?」
「一番楽しかったのは魔法使いかな。後はスパイとか、パティシエとかも楽しかったよ。一緒にお菓子作ったりしてね」
女の子は楽しそうに話を聞いて、沢山の質問をくれた。
さくらも時間を忘れてしゃべり倒す。二人はいつの間にか時間を忘れて話していた。
辺りはいつの間にかオレンジ色に染まり、夕陽が眩しかった。
「紅葉ー!そろそろ帰ってきなさーい!」
夕陽とは反対側から女性の声が聞こえた。
そちらへ体を向けると、女の子は呟いた。
「あ、ママ」
女の子はベンチから降り、女性の方へ駆けよった。
一番重要な話をしていないが、それはもう少し仲良くなってからで良い。
「お姉ちゃーん!またお話聞かせてねー!」
紅葉と呼ばれた女の子は、母親に手を握られて家へ帰っていった。
楽しそうな笑顔を見られて、さくらも自然と笑みをこぼしながら手を振り返した。
「……あ、どこの子か聞いてないや」
恐らくこの辺りの子だろう、と言い聞かせてさくらも帰路へ着いた。
道中、公園の近場の家で紅葉を見た。さくらの実家とあまり離れていないことに少し安堵した。
数日後、家のチャイムが鳴らされた。返事をしながら玄関の扉を開けると、先日会った紅葉が笑顔で母親と一緒に立っていた。
「おはようございます!」
「あ、えっと。おはようございます。……何でここに」
さくらは紅葉の母親の方を見て尋ねた。
「人形を見たいと言ったの」
見るからに母親の方は不機嫌だった。眉間に皺が寄っている。
「え……っと」
「人形をたくさん持っているんですってね」
「え、ええ」
「それで、あなたは先日公園で、この子に何を吹き込んだの」
さくらは怒りの理由をようやく理解できた。
自分の子供が見知らぬ人に話しかけられて、恐らくその子が好きであろうことを一緒に話して、恐らくその話を母親に伝えた。これで警戒心を抱かない親はいないだろう。
「えっと、色々ありまして……」
「ふーん。言えないくらいのやましいことがあるの?」
「い、いえ……その。人形を、受け取ってほしくて……」
「は?人形?」
母親が困惑していると、紅葉が彼女の袖を引っ張った。
「沢山可愛いお人形さんがいるんだよ!一度見てみたいの!お姉さんの家、入っていいでしょ?」
紅葉は母親の次に、さくらに同意を求めるように顔を向けた。
「あたしは、大丈夫ですが……」
母親はさくらを睨みつけた後、紅葉へ怒りを露わにした顔を向けた。
それでも諦めないという紅葉の言葉と態度に、母親の方が折れた。
「はあー、分かりました。では貴女」
「はい」
「電話番号教えなさい。携帯画面を見せてね。それと在学先も教えなさい。この子に何かあれば、私は貴女を殺す勢いで追い詰めますから」
さくらは背筋を正してポケットに入っていた携帯電話を取り出して、彼女に画面を差し出した。
「全く。やっぱり一人で公園なんて行かせるんじゃなかったわ」
母親は文句を言いながら電話番号を入力していく。お互い名前を確認し合い、その日母娘は自宅へ帰った。
次に会うのは明日と約束をした。
これでお人形を受け取ってもらえれば、それだけで嬉しかった。
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