姫の夢

北嶌千惺

第1話 さくらの季節

 とある国の大きな村に、一人のお姫様がおりました。

 お姫様はこの村では一番美しく賢く、優しい人でした。

 皆から支えられ、支えて育てられてきたお姫様。皆から慕われておりました。

 お姫様には好きな人が居りました。

 きっと皆は喜んでくれると思って、その人のことを話しました。

 しかしお姫様の思いとは裏腹に、皆はこれ以上仲良くすることに反対しました。

 皆口を揃えて言うのです。

「後悔と悲しさしか残らないから止めておけ。そのうち必ず捨てられる」

 それでもお姫様は諦めません。

 ずっと一緒に遊んできてくれたあの人が、お姫様を捨てるはずが無いと思っているからです。

「今日も一緒に遊ぶんだから!」

 そう言ってお姫様はお城を出て行きました。

 王様もお妃様も止めましたが、お姫様が止まることはありませんでした。

 世の中は春休みという長い休み期間に入ってるとお姫様は伺っておりますが、そんなものがないお姫様には関係の無いことでした。

 とある小さな家の中。お姫様は今日もあの子と一緒に遊びます。

 しかしそこには大好きな女の子、さくらと他に二人の人おりました。

 一人はお姫様と同じ大きさの男の子。もう一人はさくらよりも年が一回り離れた年下の女の子。

 女の子はさくらと身分が同じなのか似たような恰好をしています。

 男の子の方は上質なマントと冠をしているので、恐らく身分が上の方でしょう。

「紅葉ちゃん。今日は来てくれてありがとう」

 さくらが女の子に向かい、軽く頭を下げます。

「ううん。誘ってくれてありがとう!この子がお姉ちゃんの大事なお姫様?」

 紅葉はさくらが手を繋いでいたお姫様の方へ視線を移します。

「そうだよ。姫ちゃん、今日はこの子を紹介したかったんだ」

 楽しそうに話すさくらに促されて、お姫様はよく分からないまま頭を下げます。

「お姫様初めまして。わたしは紅葉、この子はわたし一番の王子様のユードリッヒ君です。お姫様のお名前は何ですか?」

 お姫様は紅葉を見上げながら、少し間を置いて答えます。

「……姫」

「お名前?」

 紅葉は名前とは思えない回答に、小首を傾げました。

「そうよ。ずっと、姫ちゃんって呼んでるの。捻りがなくてごめんね」

 さくらは申し訳なさ気にお姫様の頭を撫でます。

 お姫様はそんなことないと言います。可愛くてその呼び名をとても気に入っているものですから、周りの人たちからはやめるように言われてしまっておりますが、お姫様は決してやめるように言うことはありませんでした。

「可愛らしい呼び名ですね」

 ユードリッヒがお姫様に近づいて膝をつき、右手を差し出します。

 お姫様はそれに答えて、あいさつのキスを受け取りました。

「この辺りでは見ない顔ですね」

「先週この辺りに越してきましたので」

 お姫様とユードリッヒのお話は三十分ほど続きました。

 初めはつまらないな、と思っていたお話も、時々さくらや紅葉も話に入って来て、ユードリッヒの印象がとても良いものになりました。

 ユードリッヒは三つはなれた大きな町の王子様で、三年前に紅葉と出会ったそうです。

 小学生の紅葉たちはつい一週間前に引っ越してきて、来月から新しい小学校へ転入するのにとても不安だと零しています。

 紅葉は内気な子でよく怪我をする子だそうで、ユードリッヒは毎日ハラハラして過ごしていると言います。

 しかし、少し慣れればとても話しやすい子でした。

 ユードリッヒは白鳥とお星さまが好きで、天体観測が好きな紅葉とよく星空を見ていると言います。

 空が赤く染まる頃。紅葉とユードリッヒは自国へと帰っていきました。

「いい子そうでよかった。誘ってみてよかった」

 玄関前で紅葉たちが見えなくなるまで見送っていたさくらは、お姫様を優しく抱きながら寂しさを抱いてつぶやきました。

 なぜそんなに寂しそうな表情を見せるのか、お姫様には分かりませんでした。

 お姫様はさくらともう一度家へと入り、少し遊んでからお城へ帰りました。

 新しいお友達ができて、お姫様は満足です。

 明日はどんな日になるでしょうか。


                         ――次話更新 3月16日

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