007 貞操の指輪、白の書 Ⅲ
「追放って……おい、何をしたんだ?」
「エドが森の探索を始めたことがわかったから、今日、パーティーのお金に手を付けて、ただ可愛いだけのアクセサリを買った」
俺と合流するためだけにブレイズの怒りを買おうとするとは……こいつ、結構やばい奴なのでは? と戦慄しながら詳しい話を聞くと、エレナはもともと離脱を主眼としてパーティーでは手を抜いて活動していたらしい。外ではすぐ疲れるふりをしたり、魔法の威力を抑えて使っていたり、寝坊するふりをして集合時間を頻繁に遅刻したり、食事をわざともたついて食べて出発を遅らせたりと。
そんなエレナでもブレイズは『賢者』のネームバリューゆえにパーティーに残していた。
だが、
エレナを追放したブレイズは代わりとして、最近合同で活動するようになった他の新人パーティーから有力な女冒険者を引き抜いた、とエレナは顛末まで語った。
しかしパーティー資金の横領か。
ブレイズはアレだが、躾のなっていない常識知らずの村娘をパーティーから追い出す程度の常識はある。
「よく無傷だったな」
寒村暮らしだったからブレイズだって金の大事さはわかっているはずだ。
村だったら盗みは手を切り落とす重罪でもある。
「もちろんたくさん殴られたよ。あッ、でも、エドに会いに来る前に教会で治療してもらったから傷はない」
服が乱れたりしていないのは、整えたんだろう。見てわかるような痕跡があったなら門前払いどころか衛兵を呼ばれるような場所だからだ。
エレナを観察して、そんなことを考える俺に、エレナは今気づいたとばかりに、慌てたように言葉を続けた。
「エドのパーティーではきちんと働く。お金に手を付けない。時間も守る。絶対に手を抜かない。だから――」
「ああ、それは信用する。ここで食事ができているということは、努力ができるということだ」
俺はすでにこのホテルで一ヶ月を過ごしている。ゆえに他の宿泊客と一緒に食事をすることもある。それは商人だったり、令嬢だったり、下級の貴族や役人だったりもする。彼らと食事をして、俺は不快でない気分を知った。
――そしてエレナとの食事は、不快ではなかった。
つまり何が言いたいのかと言えば、付け焼き刃のマナーでは俺の目は騙せないということだ。
エレナは俺のためだけに、都市の市民以上にしか通用しない
きちんと食事ができる奴を俺は大幅加点する。
それは野盗討伐で殺人を経験済みの俺が、コットンを養わせるために生かしているが、根本的に不快で相容れないブレイズを生かしているほどの加点だ。
とはいえ冒険者ギルドで野獣みたいな冒険者たちとばかり食事しているブレイズが、未だに俺が許容できるマナーを維持できているかは疑問ではあるが。
そしてエレナに加点するのもその部分だ。
エレナの境遇では一生使うかわからない技術を、俺のためだとこいつは磨いてきていた。
俺がつきっきりで教えても忘却を続けたコットンとは違う。本当の努力。本当の献身。
(マナーも技術だ。使わなければ錆びるし忘却する)
俺が早々に拠点をここに移したのはセキュリティが理由の一つではある。だが下手に下級の宿に泊まり冒険者のマナーを覚えてしまい、司祭様に教えてもらったマナーが汚染されるのを防ぎたかったからでもある。
もちろんサブ職業に『執事』などを入れれば『礼儀作法』スキルとかでマナーを自動的に習得できるけれども。
ただ、俺はいずれ解放する第二のサブジョブに『執事』や『貴族』をとる予定はない。
(モンスタースキルの『礼儀作法』や『貴族作法』などでも習得はできるがな)
ただしスキルをドロップする貴種ヴァンパイアなんかは今の俺が挑んだら普通に殺されるレベルの怪物だ。ドラゴンなんかよりずっと強い、怖い怪物。
「エレナ。俺はブレイズパーティーでの盗みを気にしない。俺から盗むなら追放するだけだしな。ただし欲しい物があれば言えよ。金なんて稼げばいいだけだからな。遠慮するな」
言いながら俺はエレナを観察する。
灰色髪の少女は、緊張したように俺を見ている。
(ふぅん。ま、ここで油断はしないよな)
俺の確定的な言葉を待っているのだ。
俺は受け入れるようなことを言ってはいるが、まだはっきりとエレナを受け入れるとは言っていない。
(顔も……整えれば十分に美少女だな。『賢者』スキルを授かるだけのことはある)
『勇者』ブレイズの傍に現れた『聖女』『剣聖』『賢者』。これは偶然ではない。彼女たちは神に選ばれたのだ。
『職業英雄』の設定の一つに、『勇者』の発生とともに、勇者を守るパーティーメンバーも現れるというものがある。
(とはいえエレナがこうやって自分の意思で離脱できるあたり、そこまで強力な設定ではないんだろうが)
だからコットンが神に洗脳されて俺を捨てたわけではないのは確かなんだよな。
それに『聖女』を選んだのはコットンの意思だ。
(またコットンのことを思い出した。振られたんだ。忘れないとな)
ちらつく元カノの顔を脳裏から振り払――気づく。
しかし……ふむ?
『勇者』を守るべく存在する『賢者』が抜けたわけだが。
――ブレイズは大丈夫なのか?
『聖女』を引き抜こうとしていた俺が考えるのもなんだが、どうなんだそのへんは?
(だがストーリークリアに『賢者』が必須かと言えばそんなこともないんだよな)
『賢者』専用の最強装備が手に入るダンジョンはあったが攻略は必須ではない。無視してラスボスを倒すことは可能だ。
(そもそもストーリー? そんなものこの世界に存在するのか?)
この世界で地に足をつけて生きてきたが、そういったものの存在を俺は感じたことがない。
不思議とそうなるように、不自然に、運命的に、神の意図を覚えるがごとくに物事が起きる様子を見たことはない。
せいぜいが不自然な出来事と言えば、なんの才能もないはずのブレイズが『勇者』になったことぐらいだろうが、歴史を見れば『勇者』職の出現はそこまで珍しいものではないらしいし、ブレイズの同年代にも数名『勇者』は存在している。
大方ブレイズは女にモテようと俺を真似していろんなことをしたんだろう。
ちなみに、俺の職業付与の選択肢に『勇者』は当然のようにあった。
俺が完全に自由なフリーシナリオモードだと思って行動しているのもそれが理由だ。
長い沈黙。
焦れたのかエレナが慌てたように口を開く。
「エド? それで、私をパーティーに入れてくれるの?」
問われて、俺は、ああ、と頷いた。「パーティーに入ってくれ、エレナ」ときちんと言ってやれば、エレナは頬を緩めて、やった、と小さく喜びの声をあげた。
「ただ、お前は俺の女として扱うぞ。それでいいならだが」
俺がそう言えば、エレナはもちろん、と喜びに頬を染めながら頷くのだった。
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