006 『賢者』エレナの思惑 Ⅰ
「まぁ飯でも食いながら話そうぜ。俺も森から帰ったばっかりでな。何も食べてないんだわ」
うん、と頷いたエレナはその灰色のくすんだ髪を指でつまんでから大丈夫かな、と呟いた。
主語のない問いかけのような独り言。
それに何が? とは聞かない。察しの良さというものは女を口説くうえで重要なので、それなりに俺も備えている。
エレナの言葉に立ち止まった俺は、エレナに向かって魔法を使ってやった。
「クリーン」
俺は都市に入った時点で魔法で体から汚れを落としていたので必要はなかったが、エレナの方が問題だった。
俺の常宿はセキュリティのしっかりとした、『買収』スキルの効かない店員のいるそれなりに上品な宿だ。
ブレイズたちと違って金回りのよかった俺とて少年時代から溜め込んでいた貯金がなければ使おうとはしないレベルの高級宿なのである。
(あのままじゃあ、門前払い……んん?)
クリーンで綺麗にしたエレナを、俺は頭のてっぺんから靴のつま先まで眺めて、首を傾げる。
(うーむ。ダメかこれは?)
エレナは『ドルイド』でもあり、村の薬師を勤めていたエレナの婆さんからそれなりに知識と教養を授かっているが、服装は田舎臭い。
汚れがなくても衣類そのもので門前払いされるかもしれないと考えれば、多少は見目を良くする必要があった。
「先に服屋だな」
エレナの服は野暮ったいデザインの魔法使いのローブに、ゴブリンなどの弓を使う亜人対策に、頭部への矢を防ぐために要所を金属補強された三角帽子を被っただけの、まるでおとぎ話の魔法使いのような格好をしている。
それに婆さんからもらったという短杖をベルトにぶら下げていて、俺が使っている宿屋の食堂では少し以上に
ちなみに俺も冒険者だが鎧などは着ていない。
鎧なんぞは臭いし、手入れも身につけるのも面倒だからではあるが、そもそもが金属鎧は森で活動するには重いし、暑いしで着ていられない。
それに職業『賞金稼ぎ』は金属鎧の重装よりも、コートなどの軽装に
もちろん、コートの下にはそれなりに値の張るシャツやボトムスを身に着けている。
なんで村出身の俺がそこまで金を持っているかと言えば、少年時代の俺はマジで神童扱いで、村にあったギルドの出張所でも門前払いを受けることなく仮登録して小遣い稼ぎの依頼を受けることができたからであるし、他にもいろいろと収入源があった。
(ゲーム時代のサブ職業枠1の解放条件がギルドの依頼達成1000件だったしな。達成もかねての仮登録での活動だったが、ここでうまく活きてくれている。何事も努力ってやつだな)
そして達成した金を使うことなくギルドに貯金し続けていたからこその現在の俺の生活だ。
ちなみに
「エド、服買ってくれるの?」
「金ないのかよ」
「ない。で、買ってくれるの?」
まぁ、服はなんだかんだと高いからな。『勇者』ブレイズのパーティーがよほどうまくやっていたとしても冒険者なりたてのパーティーは装備だ道具だと出費が多いし、ブレイズの好きな依頼後の宴会に参加するとなれば貯金などできないのだろう。
「ああ、買ってやるよ。元とは言え、お前も俺の女だったからな。
ニコニコと嬉しそうなエレナ。ブレイズのカリスマスキルにやられた幼馴染とはいえ、何度か抱いた仲だからな。
今日は収入もあったし、服ぐらい買ってやろうじゃあないか。
◇◆◇◆◇
夜も近く、閉まりそうな服屋に入り込んでエレナの服を買ってやる。もちろん店員は迷惑そうな顔をしていたが、俺の顔と服装のおかげで門前払いは避けられる。お前はずっと疑問視してたが過剰に身綺麗にすることの得ってこういうことだぞ。コットン。
前世の服屋と違って大量生産でサイズフリーみたいな商品がないのがこの世界だが、代わりにこの世界はジョブがある。だから買った服はその場ですぐに手直しをしてくれる。
それと、併設されていたアクセサリショップでエレナの野暮ったい灰色髪をまとめるアクセサリを買ってやりつつ、奔放に伸びた髪を整えるように適当な場所で俺が切って、整えてやる。
(流石にこの時間じゃ、床屋はやってないから仕方ないが……)
切った髪をクリーンで取り除いてから多重発動。シャンプーだのリンスだのと似たような効果を発生させて改めて艶を出す。
最後にバレッタで髪をまとめてやれば……いいんじゃあないか?
俺はあちこち自分で見返しているエレナに向かって、うむ、と満足げに頷いてやった。
「やっぱエレナは整えればめちゃくちゃ可愛いな」
野暮ったい田舎娘だった灰色髪の少女エレナは、こうして見目を整えれば美少女といえるような姿かたちをしていた。
村時代、ドルイドの服を剥いで、寝床で抱いていたときに思ったんだよな。こいつは整えれば
「ありがとうエド……服にアクセサリに、恋人でもない私にこんなに買ってもよかったの?」
「金ならあるからな。それに良い女に良い格好をしてもらうのも良い男の義務みたいなもんだ」
帰り道に遭遇して倒したフォレストウルフの群れをまるごと『アイテムボックス』に入れて、皮も肉も牙も爪も、魔石以外に売れる素材は全て売却したので懐はめちゃくちゃ暖かい。
それに美しく変貌したエレナを見て俺は自分の手腕に満足していた。
(俺の腕は鈍っていないようだな)
コットンが美少女だったのは俺が常に手入れをしてやっていたからだ。
肌を手入れし、髪を手入れし、歯を手入れし、爪を手入れし、服を見繕って、靴を用意してやって、とただの田舎娘だったコットンを村の神童を自認する俺の隣に置いても恥ずかしくないよう整えてやったのが俺だ。
(俺はめちゃくちゃ優秀だったからな。そのぐらいしてやって、他の村娘との格差をつけないとコットンが俺への劣等感で自殺しかねなかったわけだし)
その手腕を用いてエレナの手入れを行えば、俺の常宿で食事をとっても見劣りしないレベルの可愛らしいお嬢様の出来上がりってわけだ。
あとはマナーさえ完璧なら誰もエレナを農村出身の冒険者とは思わないだろう。
そして村の中では知識階層である『ドルイド』の祖母から教育を受けているエレナはマナーに関しても問題はない――と思う。
少しの不安はあるが、エレナならたぶん大丈夫なはず。
「さて、じゃあ宿に戻るぞ」
エレナの小さな手を優しく握ってやりながら俺が言えば、すっかりお嬢様然となったエレナは頬を染めながら「うん」と俺に手を引かれるままについてくる。
「……やっぱり、エドの
ぼそぼそとしたエレナの声、なにか言ったか? と問えばエレナはううん、と首を小さく振って否定するのだった。
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