005 『賢者』エレナとの再会 Ⅱ


(うまく口説けばマリーはヤれそうだったよな)

 ギルドからの帰り道、『アイテムボックス』に詰め込んだ幸運栗鼠の毛皮以外にも、帰還途中に遭遇して倒したモンスターの死骸や、依頼が存在せずに納品できなかった希少な薬草なども売却したことで、使った毒煙玉の分以上の金をギルドから得られた俺は、心の内より溢れる歓喜を隠せずニヤニヤ笑いながら宿に向かって歩いていた。

 金と力。

 これは俺が魔石ハックの習得によって得られるようになったものだ。

失ったもの元カノよりも、得たものはでかい)

 今後はこれらをうまく使うことで、名声と女を得られるようになるだろう。

(そう。そうだ。だから……)

 熔解スキルも得た。アイテムボックスも得た。予定していたスキルはまだ手に入っていないが、この調子ならすぐに手に入るだろう。

 強くて格好いい男に必要な要素を満たせるようになっていく。理想の第二の人生。

(理想。理想なんだよな。生まれもよかった。農村出身だが、美男子に生んでくれた親に感謝だ)

 この世界の俺は、年齢としてはまだまだ十五歳の若造だが肉体は少し違う。

 父親と母親の遺伝子が超絶いい具合に影響し、また幼少期にモンスターを倒したことで得られた経験値が成長に奇妙に影響したらしく、ほどほどに筋肉のついた金髪碧眼の高身長美男子となっている。

(顔は重要だよな。顔は。CHAの高さは交渉の成功率に影響する)

 俺が現在所属してる冒険者ギルドの構成員はゴミみたいな出生で、冷や飯ばっかり食って、その日の快楽を求めるだけの乱暴者だけじゃない。

 むしろ重要なのはそういった多くの冒険者たちを手足のように操って目的を達成するマリーたちのようなエリート層だ。

 そのエリート層をだまくらかしてなんとかいい生活をしたり、情報を得たり、優遇されたりするにも、顔の良さというのは重要になってくる。

(別に、冒険者ギルドだけでもないしな)

 そして当然ながら、俺は生まれながらの性能だけに慢心してはいない。

 前世でゲーム三昧、暴食三昧。だらしなく生きたせいで、中年になってから肌荒れとか髪の質が悪くなったことで周囲からの扱いが悪くなったことを強く覚えていた俺は、現世では美容にもこだわっていて、油もの以外にも野菜などをしっかり食べているし、毎食後に歯を磨いたあとに『クリーン』の生活魔法を歯にしっかりとかけて真っ白な歯をきちんと維持している。

 ちなみに生活魔法というのは職業関係なく誰にでも使える魔法のことだ。

 学校なんて高尚なものがない農村でも教会の日曜礼拝などで教えてもらえる魔法であり、今日も森で毒煙玉に火をつけたときなどには『着火』の生活魔法を俺は使っていた。

 ちなみに水を生み出す生活魔法もあるが、魔法で生み出した水は飲料水には適さない。

 余談だが、こういった魔法はイメージの影響を強く受けるらしく、結果に個人差があるためか、全ての人が全て同じ魔法を発動できるわけではなかった。

 俺の魔法もその点では特殊だ。他の人間のように『汚れ、消えろ』といった感じの雑なクリーンではない。

 体の汚れを落とすときや、朝の洗顔などは、前世の肌の手入れ用美容品やシャンプーにリンス。歯ならフッ素入り歯磨き粉などを状況に合わせて細かくイメージしながらクリーンの魔法を使っているのだ。

 そのせいか、他の人間よりも多種多様な場面で凄まじい効力を発揮し、生活魔法の枠を超えた生活魔法として使うことができている。

(元カノのコットンにもやってやったら、めちゃめちゃ好評だったんだよなぁ)

 コットンとの付き合いが長かっただけに、こういう日常的なことを考えるとコットンのことはどうしても思い出してしまう。

 あいつの髪を毎日洗ってやったり、肌荒れやニキビも毎日毎日丹念に手入れして消してやったり、歯磨きチェックだって、やってやった。村の他の人間と違って、あいつに虫歯がないのは俺のおかげだ。

 少しだけセンチメンタルな気分になる。

 転生者だゲーム世界だなんだと自分を特別視して割り切ったつもりではあるんだが……実は俺は、別れたことを引きずっているのかもしれない。

 レベルも上がったし、熔解スキルもあるからブレイズにはもう負ける気はしない。

 以前の装備やスキルでも勝てたが、あのときは万一があった。だが、今はそんなものはない。ブレイズは俺にはもう勝てない。

 今ならコットンを……取り返せるか? ギルドの追撃。領主の追撃を振り切れるか?

 もしくは……ブレイズの情婦扱いされてるコットンを見て感情を断ち切るべきなのか?

(あんまりにもひどかったら……もうちょっとレベルが上がったら、ブレイズを殺してもいいんだが)

 野盗が農村を襲うのが当たり前の世界だ。正当防衛で人を殺したことは何回かある。

 ブレイズを殺すことに今更抵抗はないし、もう少しレベルが上がれば熔解スキルを使わずとも『ハッカー』のスキルツリーから対人最強・・・・のスキルが手に入る。

(どうするかな……あまりにもムカついたらブレイズを反射で殺しそうだが、それだとコットンに悪いし)

 ブレイズが死ぬとコットンの都市での庇護者が消えて、本人が思っている以上に何もかもが抜けているあの女は街娼落ちしかねない。

 ため息が自然と出た。

 あいつと別れるのは決めていたことだろう、と俺は自分の感情を心の奥に沈めていく。

 どうして、こうも思ってしまうのか。

(それに、俺たちはそもそも――)


 ――コットンと俺は、あまり相性が良くなかった。


 コットン自身がどう思っていたかはわからないが、俺にとってコットンは噛み合わない女だった。

 どうしてこんな簡単なことが、とか。どうしてこいつはこんなに、とか思うことはたくさんあった。

 そしてきっとそれはコットンの方も同じで。だけれど俺たちは恋人で。愛し合っていた。

 別れたことは必然でも、もっと良い経緯があってもよかった。

(いや、必然というか……今後、コットンが俺についていくには、そうしなければならなかったというか)

 あのとき、職業付与の儀式でコットンが『聖女』を選んだとき、俺はコットンを見限った。見限るしかなかった。

 俺が連れ回すということは、そういう難易度の戦いになるということだ。それは『聖女』ではダメだった。死ぬことになる。目の前でコットンの死を受け入れなければならなくなる。

(だから俺は『メイド』を選べと言った。言ったのに)

 そもそも冒険者になれる年齢になった時点で、俺はコットンと別れるつもりだった。

 俺は世界に羽ばたいて、コットンよりも顔がよくて、頭がよくて、強くて、俺についてこれる女をパートナーにするつもりだったからだ。

(それでもあいつが『メイド』を選んでいたら……たぶんまだ付き合い続けることはできた)

 ジョブ『メイド』にはその程度の性能がある。

 『勇者』でさえ戦力外のフリーシナリオモードでの採用率も高かった優秀なジョブだったからだ。

(でも、俺はコットンと別れた。それはあいつがそこまで価値のある女じゃなかったからだ……どこまでいってもコットンは農村出身の幼馴染でしかない。都市の女と接すればわかるが、コットンは教養も仕草も農村・・レベルだ)

 それは前世の日本の田舎だとか、地方の農村の話ではない。

 なんだかんだと日本人は品が良いのだ。

 日本人の多くは義務教育による最低限の知性の保証と、連綿と継承され続けた文化による最低限の品格がある。

 だがここは剣と魔法のファンタジー。異世界なのだ。

 都市ではない農村の教育は、田舎というより未開の蛮族に近い。

 一応、俺たちの出身村は城塞都市エグセスに近いのと教会があったからそれなりの質は保たれていたものの、それはそれなりであって、教養関係は元日本人の俺が求めるレベルには達していない。

(だからコットンが『メイド』を選んでいたらスキルから『教養』や『作法』を取得させて、見苦しくない程度にすることもできた)

 そう、教養と作法だ。

 俺は飯を食うときにぺちゃくちゃと音を立てまくって食うやつが嫌いである。恋人のコットンだけでもと頑張って矯正してやったが、コットンが家に帰るとコットンの親の指導を受けて(すました顔で飯を食うでねぇ! というやつである)何度矯正しても飯の食い方が元に戻ってしまうのである。

(そうだよ。コットンとは別れる理由があった。あったんだよ)

 だから俺はコットンとは復縁できない。できないのだ。

(だいたい飯の食い方以外にも細かい部分で、取り除けない田舎臭さがコットンにはあるわけで)

 あとこれは意外だが、ブレイズは村長の息子という立場だったのでそれなりに教育を受けていて、飯の食い方がまともだったりする。

 あれだけボロクソに俺を貶していたブレイズを、俺が殺そうとまでは思わないのはその辺が理由だ。

(俺がギルドの酒場を利用しないのも、同じ理由だ)

 この要塞都市エグセスには、周辺にある様々な村から畑を継げない三男四男がやってくる。

 そして冒険者となって一旗揚げようとする。

 そんな冒険者ギルドは当たり前だが飯の食い方がまともな人間が少ない。蛮族みたいに素手でなんでも食う人間もいれば、飯食ってる途中で歌いだしたり、踊りだしたり喧嘩したり決闘したりといった人間だらけだった。

(酒飲んでるから騒ぐなとは言わねぇよ。ただもっと落ち着いた場所で飲みたいだけだ。俺は)

 あそこで食事をしていると不快に近い感情しか抱けないのだ。

(そして俺がパーティーメンバーをギルドで募らない理由の一つだ)

 というか俺だって別に上流階級の人間というわけではない。

 テーブルマナー完璧に上品に食えと要求しているわけではない。

 ただぺちゃくちゃ音を立てて食ったり、齧りかけの肉を回し食いしたり、犬のように皿を舐め回すのをやめてくれればいいのだ。

 コットンはひどかったが、それに輪をかけて酷いのが冒険者たちだった。

 また、コットンのことを考えてしまって俺は深く気分が沈む。

(コットンに対する執着は、俺が男だからある、独占欲みたいなもんなんだろうか?)

 洗練された都市の市民階級の新しい恋人を作れば――とそこまで考えて俺は宿屋の前にいる女を見つけて足を止めた。

 見たことのある顔。抱いたことのある肢体。知り合いだった。

「よぉエレナ。久しぶりだな」

「うん。エド、一ヶ月ぶり」

 ブレイズに情婦になったはずの俺の幼馴染の一人、職業『賢者』のエレナが俺の常宿の前に立っていた。

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