003 森の探索1 Ⅰ


 さて、念願の防御貫通スキルである『熔解(幼)』を得た俺は、都市外での活動を本格的に始めることにした。

 この世界の元となったゲーム、『職業英雄』はフリーシナリオモードだとその辺の森でもうっかりすると適正レベル外の凶悪なモンスターが出現したりする。

 俺が防御貫通スキルを得たのはそのためで、このスキルなしでの活動なんぞはお断りだからだ。

(決まった敵しかでないストーリーと違って、フリーモードはやばいんだよな。最初の村の近辺だから村周辺はレベル1の雑魚モンスターが絶対に出るよとかそういうのがないし)

 もちろん危険地帯に村なんて作るわけがないから基本的に生息モンスターは地元住民で対処できるものだ。

 だが低確率だがドラゴンだって出現するのが『職業英雄』のフリーシナリオモードだ。

 ゆえに『職業英雄』は死にゲー・・・・としてネットでは有名だった。

 俺が勇者ブレイズのパーティーから抜けたのはブレイズの性格が受け入れられなかっただけでなく、熔解スキルを取得せずに活動して運悪く強すぎるモンスターに出会って死にたくなかったからでもある。

 じゃあなんでブレイズのパーティーにいたのかと言えば、ギルドの『初級冒険者訓練』の最初の訓練が『パーティー結成』だったからと……――あー、俺という恋人がいながらにしてブレイズに言い寄られ、なんだかんだと喜んでたコットンと円満に別れるための猶予期間だったのだが……。

 元恋人の顔を思い浮かべると、苦い味の唾が出る。

(いやいや、気にし過ぎだろ俺。もう別れたんだって)

 靴の裏に張り付いたガムみたいな内心の感情に辟易しながらも、顔見知りになった城壁の門番に「おいエド。一人で外の探索かよ。自殺しにいくのかよ? ま、気をつけろよ」なんて心配されながらも都市の外に出た俺は、街道を歩きながら自己鑑定ができる『ステータスデバイス』から昨日選んだ都市外活動に必須のモンスタースキルをセットしていく。

 現在四枠だけ開放してあるモンスタースキル用のスキルスロットにセットするのはもちろん俺のメイン火力スキルの一つにする予定の『熔解(幼)』だ。

 他に攻撃スキルはないのかと言えば、当然だがない。

 全武器種適正のある『賞金稼ぎ』の攻撃スキルツリーには多種多様な武具の攻撃スキルが揃っているが、全武器種適正は伊達ではなく、銃以外はほとんど中途半端な火力のスキルしか存在しないのでメイン武器にする予定の銃スキル以外は取らない予定だからだ。

(最終的にスキル用の取得ポイントが余るようだったら鞭スキルの『足払い』とかはとるかもしれないが)

 とはいえ、そのときに足払いなんて初期スキルを取得するかは微妙だろうな。

(そのための『魔石ハック』なんだしな)

 『賞金稼ぎ』の攻撃スキルには全く期待していない。

 『賞金稼ぎ』『ハッカー』の組み合わせでは攻撃スキルは職業由来のスキルツリーではなくモンスターから取得して揃えていくものだからだ。

(メインの銃スキルだって最終的には古代遺跡に出現するメカから成長可能なものを取得する予定であるし)

 それでも取得するのは欲しいスキルがある古代遺跡がここからだと遠いからである。

 間に合わせとしての銃スキルが欲しいだけだからだ。

 とはいえ現時点だと俺自体のレベルが低く、スキルツリーを成長させるためのスキルポイントに余裕はない。

 最低限取得しなければならない『魔石ハック』や『ハッキング』『取得スキル装備』でポイントはほぼ枯渇しているし、微妙に残っていたポイントもハッカーのステータス強化ツリーにある『MP強化』なんかに振ってしまっていた。

(金策も重要だが、早めにレベリングすべきだな。で、とりあえず一枠は『熔解』で決定で、残りはゴブリンから取得した『冒険』とコボルトから取得した『狩猟』、あとはフォレストウルフから取得した『追跡』ってとこだな)

 『冒険』スキルは探索に戦闘、採取や解体など広範なスキルを網羅した複合スキルだ。

 結構便利だが取得したばかりでスキルの熟練度が低いのと『冒険』自体がそれほどレア度の高いスキルではないので含まれている要素一つ一つの効果はそこまで効果は高くない。

 しかしスキル枠が限られてる現在でこういった複合スキルはかなり有用なスキルだった。

(幼体スキルが手に入ったら育成してもいいんだが……ま、かなり後回しだな)

 スキルポイントが手に入ったら賞金稼ぎ本来のツリーにある感知スキルなどにポイントを振る予定だからだ。スキル育成はエンドコンテンツの一種なので冒険スキルまで育てている余裕はないからである。

(さて、まずは森の浅層を抜けるべきだな)

 『冒険』スキルや『狩猟』スキルの導きに沿って俺は都市の傍にある森の中を歩いていく。

 今回城塞都市の外に出てきたのには目的がある。

 今後の活動の必須スキルを得るためだった。

 そして目的のモンスターは森の浅層でも出現するが、浅層だと他の冒険者が活動していたり、街の住民が薪だの薬草だのを取りに来ているので少しばかり場所が悪い。

 足もとを見れば『追跡』スキルがはっきりと教えてくれる。街の人間が頻繁に訪れている痕跡を。

(踏み均されて足場はいいんだが、普通なら生えているだろう薬草などが全てなくなっているな。ここらじゃ稼ぎが悪いな)

 稼ぎたいなら森の奥地に向かうしかないだろう。レベリングにもちょうどいい。

 なので俺はずんずんと森の奥に向かっていく。浅層の先、中層に向かって。

「よっ、はっ、と」

 当然森の中なので歩く道は獣道。足元は木の根やぬかるみ。正面には張り出した枝や葉などで進むのも普通なら難しい。

 だが俺は歩きにくい森の中でもセットされた『冒険』スキルと『狩猟』スキルの効果で平地と変わらない速度で歩いていく。

 途中で見つけた安い薬草なんかは放置する。今回はスキルを得るのが目的だ。安価な採取物を取っている暇はない。

「今更小銭稼いでも……お、見つけた」

 見上げれば木の細い枝の先を、てててて、と小動物型のモンスターが軽快に駆けていくのが見えた。

 可愛らしい姿をしたモンスターだ。


 ――目的のモンスター『幸運栗鼠』だ。


 倒すと極低確率だが幸運値を上げる木の実を落とす他、育成することで便利なサポート系のスキルを数多く覚えることから職業『テイマー』が序盤のサポートメンバーにテイムすることで前世では有名なモンスターだった。

 もちろん俺の目的はテイムではなくそのスキルなのだが……。

「おい!!」

 突然俺が大声を上げれば栗鼠モンスターは俺を見つけて慌てて逃げ出していく。

 幸運栗鼠はモンスターだが、戦闘は苦手で人間に見つかるとすぐに逃げ出してしまう特徴があった。

「……やっぱ早いな。もう追いつけない」

 試しに少しばかり走って追いかけてみたが、遮るもののない樹上のリスと、枝葉に邪魔されながら走る地上の俺では全く速度が違う。

 そもそも幸運栗鼠はモンスターレベルは低いものの、俊敏特化の逃走専門モンスターなので、ただの低レベル冒険者の俺では絶対に追いつけないのである。

(とはいえ、だ。俺とてなんの用意もしてなかったわけじゃない)

 セットしていた『追跡』スキルを用いて幸運栗鼠の痕跡を詳細に表示させ、追跡・・を始めていく。

 逃げ特化モンスターと言っても所詮は低レベル帯の動物型モンスターだ。

 『転移』や『ショートテレポート』も持っていないし、『浮遊』も『消臭』もない。

 だから森の中には『追跡』スキルで追える幸運栗鼠の痕跡が大量に残っている。

「で、発見と」

 痕跡が途絶えた先で見つけたのは樹上にぽっかりと空いた小さな木の洞だ。

 とはいえ『冒険』スキルが木の洞の中に幸運栗鼠が逃げ込んだことを感覚として教えてもくれている。

「じゃあ、リスくん。お疲れ様」

 俺は片手で木に登りながら、腰の道具袋から毒煙玉を取り出すと『生活魔法』スキルで火をつけて、ほいっと中に放り込み、地上に落下するように飛び降りた。

 見上げればもくもくと毒々しい色の煙が樹上で上がっており、俺は狩猟の成功に確信を持つ。

 もちろんこんな手段を使わずとも木の前で騒ぎ立てれば木の洞に潜り込んだ幸運栗鼠は出てくるだろう。

 しかし、今の俺だと仕留めきれずに普通に逃がしてしまうのでこういった道具を使う必要があるのである。

(『熔解』スキルで木ごと溶かしたり、モンスターから取得した魔法スキルを使って殺すとMP使うしな)

 もちろん一回で欲しいスキルが手に入るならそういう手段をとってもいいが、今の俺の『ハッキング』の熟練度だと、『魔石ハック』しても失敗するだろうし、たぶんもう何体か――最悪数十体か――狩ることになるだろう。

(それに他のモンスターに遭遇することを考えるとMPは節約しておきたい。割と死地だしな)

 ソロで低レベルの賞金稼ぎで、森の中層で活動するのは普通に自殺行為である。

(出現モンスターにやばいのがいくつかいるからな。『熔解』スキル取得するまではここにはこれなかった)

 周囲を警戒しつつ、小動物型モンスター用の安い毒煙玉が放つ毒々しい煙を見上げたり、『ステータスデバイス』のEXPけいけんち項目を見ていると木の洞の中に隠れていた幸運栗鼠が死亡したために、数値が変動したのがわかった。

 もちろん幸運栗鼠は雑魚モンスターなので保有しているEXPはゴミみたいなものである。

 とはいえ目的は魔石なので、よし、と頷いた俺は木に近づいて中に手を突っ込んだ。まだ放たれている煙は吸わないように注意する。

「お、ラッキー。子持ちか」

 巣ごと殺害するとたまに複数個体倒せることがあるが、運が良ければ幸運栗鼠の幼体が見つかることもある。

「良いスキル持ってますように、っと」

 今回手に入ったのは親個体一匹と、三匹ほど小さな栗鼠の死骸だ。

(ビジュアルは可愛いんだけど、モンスターはモンスターだからな)

 職業『テイマー』でもないとこんな可愛らしい姿のモンスターでさえ、ペット扱いできないのがモンスターという生き物。弱々しい幼体でさえ、人間を前にすれば攻撃衝動に駆られるのである。

 こういった可愛らしい外見のモンスターを、無知な都市の人間が悪質なペット業者に騙されて都市内に持ち込み、女子供の前に放り出して死体の山が出来上がったなんてのはよくある話だ。

(っと、さっさと仕事しないとな)

 俺は解体ナイフを取り出すと『賞金稼ぎ』の『解体』スキルと『冒険』スキル内にある解体スキルの要素に従って、毛皮と魔石に幸運栗鼠を仕分けていくのだった。


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