002 魔石ハック Ⅱ


 VRゲーム『職業英雄』。

 この世界がかつて遊んだそのゲームの中だと気づいたのが生まれてから十年経ってからのことだ。

(結構頑張ったんだよなぁ……)

 狙いの職業である『賞金稼ぎ』の条件を満たすためと――ある程度の性能を持つ『職業』につくためにはそれなりの人生経験が必要なのだ――この世界ではあまり知られてなかった『サブ職枠』を取得するまでに五年かかった。

「うーむ。俺って、結構努力できる人間だったんだな」

 遊びだからこそのゲームではできたことでも現実化すれば――何しろゲーム中では排泄だの洗濯だのといった煩雑なものは省略されていた――やる気というものが違うようになる。

 それに前世ではこういった長期的な視点で活動したことは、受験と就職ぐらいだった。

 だからこうして俺が目標を着々と達成していることは、ちょっと信じられないくらいの深い感慨を俺にもたらしてくれている。

 元カノのコットンと付き合えたときよりも、俺は目的のスキルを取得できたことに感動していた――と思う。思いたい。

「で、今装備できるスキルが四つ、と」

 『ステータスデバイス』で一ヶ月の成果物・・・を見ながら俺は手に入れたスキルをどうしようかと考える。


 ――スキル『剣術Ⅰ』

 ――スキル『身体能力強化Ⅰ』

 ――スキル『ゴブリン語』

 ――スキル『硬化』

 ――スキル『殻にこもる』

 ――スキル『再生Ⅰ』

 ――スキル『炎魔術』

      ・

      ・

      ・

       他47種類。



 これらは俺が一ヶ月で倒した、都市外壁に近寄ってきたモンスターから取得したスキルだ。ゴミから有能まで様々なスキルがある。

 そしてこのモンスタースキルの取得こそが、俺が世間一般で言うところの底辺職と言われる『賞金稼ぎ』を選んだ理由でもある。

 ただこれがなくとも勇者と比較するから底辺であって、言うほど底辺というわけではないし、その真価たるモンスタースキル取得が発揮されれば正直勇者よりも全然強い――否、俺の認識ではチート級の性能を誇るのが『賞金稼ぎ』だ。

 とはいえ、そのチート級の性能を発揮するための条件がこの世界では全く完全に知られていないことだったために俺が蔑まれているのだが……。

 ちなみにその条件とは、メイン職業に『賞金稼ぎ』――『賞金稼ぎ』は職業取得条件が賞金首モンスターの討伐なので元カノのコットンに畑を荒らすゴブリンを1銅貨で賞金首指定して貰ってそのゴブリンを俺が倒して取得した――を設定し、サブ職業1に『ハッカー』――職業取得条件は古代語という名前の日本語・・・の話者になることが条件なので最初から俺は取得可能だった。ハッカーっぽくプログラミング言語の取得が条件じゃないのはこの世界の古代の道具の製造に必要なのが日本語だからなんだろう――を設定。

 そのうえで『賞金稼ぎ』で『魔石強奪』スキル。『ハッカー』で『ハッキング』スキルを取得することで、チートスキルたる『魔石ハック』という複合スキルが取得できるようになるのである。

 取得条件が複雑で面倒なだけあって、公式チートと呼ばれたほどの複合スキルである。

 そんな公式チートが現実化したこの世界で見つかってないのは当たり前で、ただでさえステータス補正の低い『賞金稼ぎ』がせっかくのサブ職業にステータス補正が低い『ハッカー』を選ぶわけがないし、特殊装備を装備することで本領を発揮する『ハッカー』持ちが、全装備を装備できるだけぐらいしか特色のない『賞金稼ぎ』を選ぶわけがないからである。

 ハッカーの肉体ステータスの低さだと剣だの槍だのの適性を得たところで意味はなく、それでも近接戦闘がやりたいのならそれこそ『勇者』でも取得すればいい。

 そしてVRゲーム『職業英雄』ではこのような複合スキルが無数にあって、最終的にその組み合わせの理解を深めていくことでエンドコンテンツのクリアを目指していた。

 俺も相当にやり込んでいた口だが、俺だってこのスキルは他の物好きなプレイヤーが攻略サイトに掲載してから知ったものだ。

 それぐらいにこの組み合わせは常識から考えればありえないのである。


 ――その発見条件の厳しさに見合うぐらいの性能をこのスキルは持っているわけだが。


 なにしろ『魔石ハック』スキルを持っていれば、モンスターからドロップする魔石からそのモンスターが生前使えたスキルを『ハッカー』の『ハッキング』スキルで取得することができるようになってしまう。

 加えて全種の武器適性を持つ賞金稼ぎなら異形肉体なんかの特殊スキル以外はほとんどのスキルが使用可能。

(ハッキングのスキルレベルが低いうちはスキルの取得に失敗もあるけど……それでもこんな序盤なら低くても十分成功圏内!)

 『職業英雄』において職業『勇者』はちょっと遊ぶ程度のライトプレイヤーにとっては、簡単に一定以上の強さを得られるストーリーモード最強職だ。

 だが、俺のような生前に『職業英雄』をやり込んだ廃プレイヤーにとっては多少以上では物足りないのである。

(俺も最初に使ってたキャラは『勇者』だったけど、ストーリー終わったら即座に『転職』させたしな)

 ストーリー終了後のフリーシナリオモードや最狂難易度『アビス』なんかだと『賞金稼ぎ』『ハッカー』は鉄板職業というより、これ以外だと最難関ダンジョン攻略で詰むからパーティーに一人は必須の職業だった。

(パーティー全員のメインがガチの最低職業『観光客』編成動画を見たことはあるから絶対詰むとは言わないけど、『賞金稼ぎ』『ハッカー』じゃないとやりこみ終盤の通常モンスターが使ってくる最悪・・の状態異常に対抗するための耐性が得られなかったりするしな)

 それに、だ。

 やはり『賞金稼ぎ』の特徴の一つである全武具に装備適正を持つ特徴・・はこの世界を攻略・・するなら外せない。

 全武具適正は最難関ダンジョンで当たり前のように出てくる、特定の武器種以外に完全耐性持つモンスターに対抗するためには必須の特徴なのだ。

(ゲームじゃあ、『賞金稼ぎ』『遊び人』『観光客』以外の職業が装備できない武器しか攻撃が通らないモンスターに囲まれた場合、戦闘で詰むときもあったんだよな)

 そういう意味だと幼馴染の一人がついた職業『剣聖』は俺からするとハズレ職業もハズレ職業だった。

 剣聖とかいう剣でしか真価を発揮できないアタッカーなんぞ、最難関ダンジョンでは置物になる可能性が高すぎる。

 斬撃というより剣攻撃無効持ちなんぞゴロゴロいるわけだからな。

 もちろんサブで他の武器種を取得してもいいが、剣以外の使用は剣聖の持ち味が死ぬので、それなら最初から別の職業を選ぶべきなのだ。

 というか魔法なんかも最難関だと当たり前に攻撃魔法を反射されるし、そもそも魔法はクリティカル判定がないから火力が不足する。

 幼馴染の一人がついていた『賢者』も俺が使ってたときは攻撃役よりはバッファー+回復役としてしか使わなかった。

 だからそういう意味では『賢者』よりもメイン職業『踊り子』で、サブ職業に仲間に最速行動させるスキルを持ち、特殊矢や最難関モンスターに対してもダメージが期待できる必殺クリティカル弓装備可能な『狩人』を取得させたメンバーや、メイン『踊り子』でサブにデバフ特化の『呪術師』なんかのメンバーを置いたほうが『賢者』を使うよりもなのだ。

 回復魔法に関しても詠唱の間に回復待ちメンバーが殺されるのが怖いから、即時発動可能な自己回復スキルや体力吸収スキル付き武具による攻撃、アイテムによる回復がメインになっていくわけだし。

(サブに『吟遊詩人』を獲得させて『詠唱短縮』持ち『聖女』を作ってもいいけど、『聖女』メインだと最大HPの上限が低いからHP管理頑張らないと全体攻撃で即死するからなぁ)

 『職業英雄』は職業単体の評価よりもサブ職業との組み合わせで評価を決めるものだった。

(ま、仲間に『勇者』は一人ぐらいいてもいいかもしれないけど)

 『勇者』は俺がストーリーで『勇者』を使っていた理由であるところのストーリー関連要素があるからな。

 古代神殿ダンジョンとかだと職業『勇者』が仲間にいることが侵入可能になる条件の場所も多かったし。

 とはいえリアル世界になった以上、そういったダンジョンは国が保護してるだろうから攻略する気にはならないがな。

 盗掘で捕まったら洒落にならない。

「コットンもなぁ、なんで『聖女』だったんだ」

 あれだけ職業は最大HPと耐久値が高くなる『メイド』にしろって言ったのに、結局あの女は目先の欲望に負けて『聖女』を選んでしまった。

 職業『メイド』だったら『勇者』のブレイズを敵に回してでも恋人にし続けた――いや、ブレイズもコットンを狙わなかったはずだ。『聖女』と違い『メイド』はブランド価値がないからな。

「ああ……まぁ今更だな。今更」

 なんで、こんな、終わったことを今更ながらに考えているんだか。

 長年付き合ってきた幼馴染だったので多少の未練がないこともないが、すでに別れてから一ヶ月だ。

 俺は俺ですでに他に遊ぶ・・女を作ってしまっている。

 こうやって都市に来ると仕草のあちこちに田舎臭さが隠せないコットンよりも良い女がゴロゴロしていた。

 そもそも俺は現在恋人がいなくてフリーなので、女と遊んだところで悪いわけがないのだが……――奇妙な罪悪感が胸にある。

(別れてすぐに新しい女と遊ぶなんて、最低か? いや、普通だよな?)

 それともすぐ女を作ったのは自分を惨めだと思わないための……――内心の考えを振り払う。

「やめやめ。で、と……目的のスキルはこれだ」

 俺はポチポチといじっていた『ステータスデバイス』を操作して、『魔石ハック』からの派生スキルにある『取得スキル装備』の空きブランクスキルスロットに今日取得した、『城壁マイマイ』というモンスターのレア個体の、さらにレアな幼体モンスターから得た『熔解(幼)』スキルをセットした。


 ――『熔解(幼)』……MPを消費して防御貫通の炎熱ダメージを与える。成長可能スキル。


 このスキルを持っていた城壁マイマイは城壁の陰に湧く――瘴気だとか闇の神の加護とかで様々な理由で、この世界だと何もない・・・・ところからモンスターが自然発生する――、討伐優先度高めの魔物だ。

 放っておくとその強力な溶解液で城壁を溶かしてしまうからである。

 とはいえ、動きが鈍く、防御力も低くで、弱いためか討伐報酬は低い。

 俺が狙っていた幼体なんかは有用なスキルを持っているものの、そもそもの脅威度はカスで討伐報酬はゼロだ。

 加えて幼体はドロップアイテムもカス魔石しかないので――カス魔石とは魔石ハックでスキルを取る以外に使いみちのない屑魔石のことだ。魔石ハックはこの世界ではほとんど知られてないスキルなのでカス魔石はギルドでも買い取らないゴミである――、わざわざ倒す必要がなく、幼体狙い・・・・で城壁マイマイの幼体を倒していた俺は仕事中に遊んでいるかたつむり野郎と同僚の冒険者からは罵られていたりした。

(ちゃんと他にも仕事してたのになぁ)

 市壁の影の湿って暗い場所に湧いてる普通のモンスターも倒してたんだぜ?

 同僚からの評判を思い出すと涙が出てくるぜ。

 とはいえ、評判以上に得られたスキルは有用だ。

 通常の城壁マイマイが持つスキルがただ体表に強酸を発生させる『溶解』なのに対して、城壁マイマイのレア個体が持つスキル『熔解』は炎属性の粘液を体表に発生させるのだ。

 これは近接職業相手だと攻防ともに凶悪なスキル性能をしていて、下手に安物の剣などで斬りつけると、斬りつけた鉄剣のほうが溶けるぐらいの火力を持っていた。

 そんなやばい感じスキルを持っているレア個体城壁マイマイくんは人類の脅威になりそうなもんだが、かたつむりらしく足が遅いので――それでもレベル1の職業未設定の人間が走る程度には速い――遠距離からの魔法攻撃で簡単に駆除されてしまっている。

 とはいえ、そんな凶悪性能のスキルを人間が持てばどうなるかと言えば……。

(鍛えた人間が使う『熔解』スキルは勇者スキルより有能すぎるんだよな。ブレイズから逃げずに城塞都市エグセスに居座ったのも城壁があるこの都市のマイマイ狙いだったからだし)

 そしてさらに重要なのが、俺が手に入れたこれは成長可能スキルだということだ。

(成長可能スキルを得られたのは、成長可能スキルを狙って幼体を狩っていたから当たり前だが……――だが、そう、成長可能スキルだ)

 ようやく俺の冒険が始められる。

 『熔解(幼)』は『職業英雄』での鉄板スキルの一つ。

 『賞金稼ぎ』『ハッカー』ルートなら絶対に取得しなければならないメイン火力スキルの最初の一歩なのだ。

(っていうか『熔解』自体がレア魔物が持つ防御貫通スキルだからな。取得したばっかの今の状態ですら、光耐性持ちには通用しない『勇者』の高火力スキル『フォトンザッパー』とか、都市で持て囃されてる『魔法剣士』の『火剣技』より全然強いわけだし)

 しかも幼スキルだから、めちゃくちゃ低燃費。俺の低いMPでも十分に使用可能圏内なぐらいに。

 そんなことを俺は考えながら次に取得すべきスキルを決めるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る