001 自主的追放 Ⅱ


「ああ? エド? ええっと。なんだ? まぁお疲れさんだし、飲みながらでいいか?」

 いいよ、と俺が言えばおう、とブレイズは俺の言葉を気にした風もなく、というよりむしろ楽しげな気分で聞きながら「エール! 五人前!! あとつまみに山盛りソーセージとポテト!!」とウェイトレスに頼み、やってきたエールを飲み始めてからようやく俺に顔を向けた。

「で、なんだよ。抜けるのかよ? パーティー」

「ああ、一緒に訓練を受けて思ったが俺じゃお前らについていけそうにないからな」

 俺ことエドワード――姓はない。強いて言うなら城塞都市エグセス付近のアガト村出身だからエドワード・アガトといったところか――はブレイズたち『勇者』パーティーの中では、というより世間的に評価の低い『賞金稼ぎ』という職業を儀式で付与されていた。

「まぁそうだな。そうだよな。選ばれた・・・・俺たちと違ってエド、お前だけクズ職業だったからな。ケケケ」

 『賞金稼ぎ』――この職業はほとんどのすべての武器や防具を『装備』できる代わりに銃器と狩猟具以外の武具に対する攻撃力上昇効果が少ないという特徴がある。

 『剣士』なら剣を『装備』することでその剣の攻撃力を二倍だの三倍だのにできるのに、『賞金稼ぎ』はそういった装備武器に対する補正がほとんどないのだ。

 ゆえに、これでは『装備』してるんだかしてないんだかわからない。装備の意味がない、なんて巷では言われており、『賞金稼ぎ』という職自体のステータス成長が職業全体の中でもそこそこであることも相まって、不遇職だの底辺職だの言われていた。

(不遇と言ってもクズ職と言われるほどではないんだけどな……)

 ガチのクズ職である『観光客』よりはマシだろうし、そもそも俺だって、世間的に言う優遇職はもっと選べたのだけれどそれをあえて・・・未来のために『賞金稼ぎ』を選んだのだが……今更こんなことを言ったところで誰も信じないし、根拠を言ってしまって、その根拠をあちこちにバラされて俺のアドバンテージを失うわけにもいかないから、今まではブレイズの罵声じみた言葉にただ耐えるだけだったのだ。

 そんなことを考えつつも俺は、俺を馬鹿にした目で見てくるブレイズに言うべきことを言う。

「それでブレイズ。パーティーとしての活動は訓練以外にしてなかったし、俺が抜けても問題ないだろ?」

 最初の一杯を飲み干したブレイズが、ウェイトレスによって再び運ばれてきたエールを今度は少しずつ口に運ぶ。

 そうしてブレイズは「いいぜ」と俺の顔ではなく、スカートに包まれたウェイトレスの尻を見ながら答えた。

 よし、と机の下で拳を握りながら俺は揉め事もなくパーティーを抜けられたことを内心で喜ぶ。

「……え、エドくん。えっと本当に抜けちゃうの?」

「ん、ああ、悪いなコットン」

 可愛らしい幼馴染――俺の恋人と俺は今日初めて顔を向き合わせた。そうして一息に言う。

「あとついでで悪いんだが、別れて貰っていいか? ああ、もちろん恋人関係の解消だ。いろいろ考えたんだが『賞金稼ぎ』の俺が『聖女』のお前と付き合ってるってさ。いろいろ言われて辛いんだわ」

 卑屈な言葉かな、と思いつつも――いや、予防線を張っているのだろうか。

 頭の冷静な部分が自分の吐いた言葉のカッコ悪さを指摘してくる。

(それでも、別れる。別れるんだよ俺は)

 俺は同じ村出身のこの美少女幼馴染に不満はなかった。

 別に別れる必要はない、と思うのだが……俺が世間的な底辺職の『賞金稼ぎ』に対して、ブレイズが最優職『勇者』の職業を得てからコットンはブレイズに惹かれているように見えるのだ。

(話し合ったほうがいいんだろう。だけど……)

 だけれど、と俺はコットンを見る。この女は、俺という恋人がいながらブレイズの隣に座っている。時折奴に身体を触らせ、それで平気な顔をしている。

(これは俺の心が狭いだけか? いや、だが……コットンと一緒にパーティーを抜けるってのもな)

 俺だけならブレイズはパーティーの脱退を許しただろう。

 だが、コットンを引き抜く形で連れて行くのは……どうだ?

 ブレイズがごねてめちゃめちゃ面倒くさい感じになる気配がする。

 今の俺ではブレイズに圧勝するのはどうだ? できるか? もちろん無傷でだ。

 今の俺では腕や足を欠損した場合の治療費を用意するのは難しいぞ。

 できるか? と俺は再び自分に問いかけた。そうしてコットンを見る。その瞳の中に、俺への信頼はあるか? ここでブレイズと争うほどの価値は見いだせることができるか?

 それにコットンが俺に心を残してるならついてくる、か?

(これって試し行動か? 俺、ダサいか?)

 俺がそんなことを考えている間にもコットンは動揺した素振りを見せながら、俺へと焦った顔を見せてくる。

「え、えぇ、エドくん……な、なんで? だって村を出るときは気にしないって――」

「ぎゃははははは! いいな! 別れろよコットン。お前もそんな不遇職より俺みたいな『勇者』と一緒になったほうがいいだろ?」

 ブレイズが困惑するコットンを強引に抱き寄せようとして泣き顔のコットンに頬を叩かれた。

 ブレイズの怒りと不満のい交ぜになった顔。コットンの困惑と涙で綯い交ぜになった顔。俺の前に並べられたそれら。

「わ、私は、だって、まだ! ブレイズくんとは!」

 勇者の職を得たブレイズの接近をなぁなぁで許してしまっていたコットンが初めてブレイズを拒絶する。

 俺との破局が、なんだかんだとそういった積み重ねが原因だと今更に思い至ったようだ。

 そう、そうなんだよな。最近のコットンは、ブレイズに近すぎた。拒否する素振りも見せないでいた。

(これを不満に思うのは、俺の心が狭いからか?)

 恋人同士……なら、別に、それは……今更ながらに湧いてきた不満を含んだ言葉を、俺はコットンへと吐きかけた。

 それは本音だった。本音でしかなかった。

「なぁコットン。このまま無理に俺たちが付き合っても別パーティー同士になるなら遠距離恋愛って感じになるだろ? その間にブレイズに何をされてようと俺に止めることはできないし、絶対ヤられるだろお前。つか正直『賞金稼ぎ』の俺じゃ『勇者』に迫られ続けるお前を繋ぎとどめておける自信が……ない」

 もちろん、コットンとブレイズの付き合いを本気で阻止しようと思えばできなくもない。

 殺人はさすがにまずいので、俺が本気になってブレイズを半殺しにすればいいだけのことだ。

 ただ、コットンはブレイズの接近に本気で嫌がる様子を見せてくれなかったので、どうにもそこまでする気力が湧かなかった。

(ブレイズを半殺しにしてる途中で、コットンに邪魔されたり、罵倒されたりって考えると、どうにもな)

 それに、だ。

 俺は強いという自負はある。だが勇者であるブレイズ側が本気になった場合、無傷で勝てる保証はないのだ。

(それに、この世界だって……俺が知ってる世界そのものなら、ここで下手に時間をかけるのもな)

 ブレイズとの争いだけじゃない。弱ければいつ死んでもおかしくない世界なんだ。

 コットンとの仲を保つことに時間と全力を掛けすぎて、貴重な時間を失うのは、単純にに思えてしまう。

(クズか? いや、だが恋愛って俺だけが想ってても意味がなくないか?)

 お互いが好きだからこそ、恋愛関係って成立するんじゃないのか?

 わからない。

 だけど俺だって俺の人生を生きなければならない。このパーティーにこだわって、足踏みしていたらいつか冒険に失敗して、魔物に殺されるかもしれない。

(そう、そうなんだよな。俺は、俺は『賞金稼ぎ』を選んだんだから)

 コットンは、たかが生まれ故郷の小さな村の幼馴染ってだけの少女だ。

 聖女の職業を授かったことで今は結構な美少女になった。

 だが、その前は目を引くほどの美少女というわけではない、田舎っぽい牧歌的な、だけれどどこか温かみのある少女だった。

 優しい笑顔が俺は好きだった。好きだよ。本当に。

 愛している。愛してるんだよ。だけど俺は『勇者』とそれを後押しする冒険者ギルドだの領主だのの全てを敵に回すほどの覚悟は持てない。

 そう、コットンが持たせてくれない。俺を後押ししてくれない。

 コットンが一言でもブレイズを倒せと言ってくれれば、それぐらいの覚悟は持てるのに。

(この状況でも言ってくれないんだよな。お前は)

 ただ困惑して、泣き言のような言葉を放つコットンを俺は見た。

「え、エドくん。考え直してよ。ね、ねぇ」

「ごめんな。本当に。俺が弱いせいで」

「う……――あ」

 何か言ってくれよ、コットン。


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