001 自主的追放 Ⅲ
俺は、俺の人生の大半を、『勇者』パーティーとして栄光の道を歩いていく幼馴染たちに捧げる気にはなれなかった。
だからコットンとはここで別れる。
それがお互いの為だと思うがゆえに。
俺はコットンとの思い出を美しいままに、数年後に再開してあのときは若かったなと笑えるような間柄でいたい。
別れずにずるずると付き合って、ブレイズに寝取られて、コットンを憎悪する関係にはなりたくない。
「あぁぁぁぁごめん。ごめんなさいエドくん。わ、私、別れたくないよ。じゃ、じゃあ私もパーティーから――」
「――許すわけねぇだろが、コットン」
ブレイズのドスの効いた声にコットンがひぅ、と声を小さくした。
「『賞金稼ぎ』はいらねぇが『聖女』は俺の『勇者』パーティーには必須だ。だからコットンが抜けるならエドには俺のパーティーにいてもらわなくちゃならねぇな。
ブレイズに睨まれたので肩を竦めておく。
俺がこのパーティーを円満に抜けられない場合を考えた。そうなったら、ブレイズと他の仲間連中に私刑だのなんだのでボコボコにされて奴隷のように扱われるだろう。
今の俺では、勇者パーティー全員と戦った場合、勝率は五分五分といったところだった。
幼馴染パーティーだ。だがすでにコットン以外の連中は『勇者』の職業魅力にヤラれてしまって底辺職の俺とは友情すら感じていない気配がある。
こうしてみんな俺の離脱に関しても文句の声を上げないし。
(なんか言ってくれればいいのにな……)
寂しいが、それに関しては口にしない。何か言われたら凹む自信があるから。
なお私刑に関しては、その程度のことが許される程度には冒険者という職業の地位は低く、法は未熟で、文明も成熟していない。
俺はエールを口にして、酒臭いため息を吐いた。
「悪いな、コットン。ブレイズに粘着されてクソ面倒なのはマジで勘弁してほしいんだよ俺も」
ブレイズ単体ならどうにでもなる。勇者パーティーも場所を選べばなんとかなるかもしれない。
だが、そのあとも問題だった。
俺もこの自主的な離脱に際して、コットンの意思を無視して連れて行くという案は最初に考えた。
しかしそれは困難を伴う旅になることは確実だった。
三ヶ月後ならともかく、今コットンを連れて
将来性を買われている勇者は貴族から後援を受けている。
その勇者を半殺しにすれば追われることになる。
そして都市や貴族の兵から逃れて城塞都市エグセスから無事に逃げおおせるのは困難だった。
加えて、兵が追ってこなくとも冒険初心者二人で別の都市に移動しようと街道を無防備に歩いていればモンスターや野盗が襲ってきてすぐに死ぬことになる。
俺は知っている。この世界はその程度には危険だということを。
コットンは俺に向かって縋るような視線を向けてくる。
――その瞳に込められた意思は弱すぎた。
未だに判断に揺れる俺の心を後押しできないぐらいに、弱い。
(どうして、もっと強く俺を求めてくれないんだよ)
だから仕方なく、俺はコットンに酷いことを言うことにした。
「コットンさ。お前ブレイズに迫られても悪い顔してなかっただろ? 肩触られたり、抱きつかれたり、見ててイライラしてたんだわ。だからさ、時間が経てば俺のことなんか忘れるだろうから気にすんなってマジで」
「う……うぅ……うぅううううううううううう!!」
俺の振り文句に泣き崩れるコットン。
もちろん、コットンがブレイズに惹かれた理由を俺は知っている。
コットンがビッチだとかそういうわけではない。
この世界にはステータスというものがあって、そこには
魅力値――同性異性を問わず、魅了し、信頼させることができる力。
『勇者』はその値が他の職業より高いのだ。
だからこのパーティーにおける他の連中、『賢者』のエレナや『剣聖』のアーシャなんかはすでに勇者にメロメロ状態のように俺には見えた。
(俺、こいつら全員抱いたことあるけど……まぁ、そんなもんだよな)
俺たち五人は小さな村で幼馴染同士だった。
小さな村は、小さな世界だった。
そんな世界で、村長の息子のくせに無能で横暴で粗暴で、顔も頭も悪かったブレイズ。
対して、それなりに働きもので、顔もよく、頭も良かった俺。
職業付与前に全員が俺に靡くのも当たり前のことだった。当時の俺はブレイズよりも確実に良い職業を授かると思われていた。
(浮気というか、コットンと付き合う前だったし。小さな村だったからな。セックス以外に娯楽がマジでなかったんだよな)
それをブレイズが妬んでいたことも俺は知っていた。
あの当時のことを思い出せば『勇者』となったブレイズが底辺職になった俺をいじめ殺そうと考えてもおかしくはない。
(でも、あいつから見れば負け組確定の俺に執着する理由は特にない、よな?)
無能な職業持ちがブレイズから離れれば野垂れ死ぬぐらいに思ってるだろうし。
(俺を追って殺すとかはある、か?)
いや、まだレベル差があまりない状態の俺と争ったら怪我程度では済まないという自覚はあるはず……あるよな?
あいつもまだ俺を馬鹿にする程度で手までは出したことはないし。
(そうだ。だから俺は考えた)
全部奪われる前に差し出してしまえば問題ないだろう、と。
コットンには悪いことをしているような気分になるが、なんだかんだとこの世界の最優職たる『勇者』なのだ。ブレイズは。
(ブレイズってマジでブサイクなクソガキだったけど、魅力値の上昇でそれなりの美形に見えるようになってるし)
俺は、そういう考えを口には出さず、机のエールを一気飲みして、席から立った。
「頑張れよお前ら。応援してっから」
泣きながらも抵抗もせずに、ブレイズに肩を抱き寄せられ始めたコットンを視界の端に捉えた俺は、後ろ髪を引かれることもなく、エールの代金をテーブルにおいて、冒険者ギルドの酒場から出ていくのだった。
――ここでコットンが俺を追いかけてきてくれたら、俺だって……。
いや、未練か。未練だな。
(だが……今ブレイズと争うのは……難しい)
ブレイズ以外とも戦うことになる。
コットンが追いかけてきてくれなくて、助かったというべきか。
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