第54話
これから一般受験をするのに、しかも模試の成績も下がっているのに、人の合格を素直に喜べない。
それに、途中から庇ってくれはしたけれど、鈴木だって一度は梓を疑ったのだ。若干の恨みもある。
「梓、大丈夫? なんだか能面みたいな顔してる」
雪乃が真顔で声をかけてくる。
「眠りが浅いのと、受験勉強で疲れちゃって……」
「本当にそれだけ?」
細谷にこの前言われたことは、雪乃には言っていない。雪乃だって一般受験をするのだ。こんな大事な時期に、なにも言えない。代わりに話題を振った。
「雪乃はどう? 受験勉強」
「まあまあ、かな。平日は五時間くらい勉強しているけどね」
「勉強、きついよね」
「うん。ねえ、受験終わったら遊びに行こうよ」
どこか遊びに行けるような精神状態じゃない。自分も行きたい大学に行けたら、気持ちが変わるだろうか。なにもかも、変わるだろうか。その時が待ち遠しい。
「そうだね。どこがいいかな」
話を合わせた。
「落ち着いたらゆっくり決めようよ」
「うん」
細谷が教室に入ってきてホームルームが始まる。
もう、細谷の顔すら見たくない。梓はずっとうつむき、細谷の顔を見ないようにしていた。
そうして机の横にチャックを開けたままの鞄を見てはっと気づく。
昨日、叫びそうになりながら英語の宿題をやっていたのに、鞄の中に入っていない。
どうしよう。これ、絶対取りに帰れと言われる。こんな時期に。こんな時に。
忘れた自分がいけないのだけれど、今日は予備校がある。英語の授業までに、購買でノートを買って、もう一度宿題をしようか。
みんなが教室に出る。礼拝堂へ行く時間だ。梓は内心で焦りながら、集団で礼拝堂へ向かった。
眠い。軽い睡眠薬になったとはいえ眠りが浅いし、副作用も全くないわけではない。
時々急激な眠気に襲われる。
梓は礼拝で眠ってしまった。佐藤が目を光らせて何度も起こしに来るが、心がだるくてだるくて、もう起きていられる余裕がなかった。
礼拝が終わって頭が冴えてくると、一時間目が始まる前に購買にノートを買いに行き、すぐに英語の宿題をやった。昨日勉強したところなのに忘れている。
こんなこと、今までにあまりなかったのに。一時間目は数学の、あまりうるさいことは言わない教師だったので、その間に片づけた。これで大丈夫だ。
今日は神楽と吉岡がいない。多分、それぞれ受けた大学の合格発表が出ているのだろう。
卒業式前の二月二十八日まで授業はあるけれど、受験日や合格発表日はさすがに学校に来なくてもいいことになっている。
四時間目の英語の授業になり、宿題のノートを出した。なにも言われずにほっとする。するとまた頭の回転が遅くなっていく。前頭葉の部分が酷く重い。
「阿部さん、宿題は?」
英語教師は阿部にそう言っている。阿部も焦った顔をしている。
「すみません、宿題のノート忘れました」
「じゃあ、放課後家まで取りに帰って持ってきて」
「はい」
やっぱり取りに帰されるのだ。家から二時間近くかけてくる子だっているのに、体力も尽きてしまうだろう。
そう思った瞬間、また拒絶反応が起きた。体中が、この学校のすべてを拒絶している。
冬休みまであと一か月もない。冬休みに入ってしまえば、もう高校生活も残りわずかだ。
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