第52話

十日ほどが過ぎた。


梓は精神状態の悪い中、寝食を忘れて猛勉強をしていた。そうして時々ストレスからくる胸の痛みに苦しむ。死ぬことも度々考えてしまう。


学校では、推薦組の子たちがぽつぽつと試験を受ける時期に差しかかっていた。


遠藤から細谷に話がもうとっくに行っているはずだが、担任から梓のもとになにも話が来ない。


細谷に直接言うのも勇気がいる。放課後になり梓は廊下に細谷がいたところを、思い切って話しかけることにした。


「細谷先生」


「なんだ」


「心療内科の先生から話が来ていると思うのですが」


言うと、細谷の眉が少しだけ動いた。


「話は聞いている。俺から言うことはなにもない」


遠藤は、多分懇切丁寧に説明をしたはずだ。梓の気持ちを汲んで、謝罪をしてほしいことも伝えているだろう。


「なぜなにもないんですか? 最初に先生が疑わなければ私は犯人扱いされていじめのような体験をすることもなかったんです」


「もう過ぎたことだろう。忘れろ」


「私は先生から謝罪の一言が欲しいのです。なぜ一言も謝ってはくれないのですか」


「もう、問題にしたくない。それに、謝ってどうなる? なにも変わらないだろう」


「それは神の意に反すると思いますけど」


神なんて言葉は使いたくはないけれど敢えてそう言ってみた。


「神の名のもと赦すから白状しろって言いましたよね? 神の名のもと赦すので謝ってください」


沈黙が流れた。内心で震えていた。いや、実際に横隔膜の当たりが本当に痙攣している。その沈黙に耐えに耐えて、梓は細谷の目を見ていた。


「俺は、実はまだ三村が犯人じゃないかと疑っている」


え。え? なんで? 


サクリサクリと傷が増えていく。


「なぜですか? 証拠動画は上がりましたよね? 見たはずです」


「見たけれどな。三組の犯人は分からないんだ。三組ももう問題にしていないようだけれど」


どこまでも、メンタルが堕ちていく。細谷はどうしても梓を犯人にしたくて仕方がないのだ。


「どこまでも私を疑うんですね。うちのクラスの加害者は守るのに」


「もういい。学校側としては大きな問題にしたくない」


やっぱり隠蔽したいのだ。


「でも先生は私を疑っているんですよね? 私が病気を発症しても、疑っているんですよね? 私は財布を盗むような子に見えますか」


細谷は心底面倒くさそうにため息をついた。


「だから繰り返しになるがうちのクラスでの犯人はわかった。でも三組についてはどうだ? わからないよな? だからもう、いいだろうこの話は。神は全てを見ている。お母さんから聞いた小学生の頃の万引きだって、お前がやったんじゃないのか」


「やるわけないじゃないですか!」


梓は思わず叫んでいた。クラスの子が、様子を見にくる。


「でも友達が万引きしているのを黙って見ていたのだろ? 止もせずに。止めるのが友達であり、常識というものではないのか」


「小学校は荒れていたんです。正義感を振りかざして止めたらいじめられるかもしれない状態だったんです」


「だから神は全て見ている。三村の今の状況は、神が与えた罰かもしれないぞ」


もういいな? そう言って細谷は職員室へと去っていった。


なにそれ。なにそれ。なにそれ。三組で起きた盗難も梓が犯人と疑われているどころか、万引きまで疑われた。そんなこと、していないのに。どうして? どうして細谷はそこまで疑うの?

 

ボキッ。


これまで聞いたことのないような一際大きな音が、頭の中で響いた。

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