第38話
外はうだるような暑さだ。
でも、そんな暑さなどものともしないように、通り過ぎる人たちは活発に動いている。
原宿に早くついて五分ほど待った。
すると、後ろから雪乃が抱きついてきた。
「おひさ」
梓は振り返る。約一か月ぶりに雪乃の顔を見て笑顔が漏れる。
「久しぶり」
「五十嵐さんはまだかな」
「そうみたい」
約束の時間を五分ほど超過して、五十嵐がやって来る。
白いワンピースにサンダル。肩までの髪を一つに結い上げ、顔がよく見える。
いつもの暗く一人でいるような雰囲気からはかけ離れていて、梓は目を奪われた。
「え、五十嵐さん学校と全然雰囲気違うよね?」
雪乃が言う。
「いつもそういう格好しているの」
梓も訊ねると、五十嵐は頷いた。
「学校以外のところじゃ、割とフェミニンな格好をしている。時々ロック調の格好もするけど」
「フェミニンとロックじゃ正反対だね」
雪乃はよほど珍しいのか、彼女の回りを一周している。
「ファッションに興味があって。まあ趣味だけど」
五十嵐の意外な一面を見た気がする。今まで見てきたのは制服だけだからまるで気づかなかった。本当に凛としていて花の精霊のような美しさがある。
「じゃあ、どこか行きたいところある? 二回までなら奢る」
「え、二回も?」
雪乃は驚いたような顔をする。
「貯めたお年玉、用意してきた。気を遣わなくて大丈夫だよ」
「じゃあ、クレープ。クレープ食べたい!」
雪乃は近くにあったクレープ屋を指さした。先ほどから、クレープの香ばしい匂いが漂っている。五十嵐の希望も聞こう。
「五十嵐さんは、なにか食べたいものある」
「うーん。昼食後にアイスクリーム、かな」
「お昼も奢るよ」
言うと一歩後じさる。
「いや、それはさすがに悪いから……」
「わかった。じゃあ、アイス奢るね」
笑顔で言うと、五十嵐も微笑む。
列を作っていたクレープ屋に並び、雪乃も五十嵐もチョコバナナを頼む。梓はチョコにナッツがちりばめられていたものを頼んだ。
人気のない脇に寄って、立ったまま食べる。
「それにしても暑いね」
雪乃は汗をかいていた。人々の喧騒がなぜか心地よく感じられる。
原宿は人が多いが非日常感を味わえる。家と予備校の往復だったから、余計に少しだけ気持ちがあがる。
「本当に。食べ終えたら、お店に入ってお昼にしよう」
「……美味しい」
クレープを一口食べて、五十嵐が呟く。
「クレープ食べるの、実は生まれて初めて」
「ええっ、そうなの?」
雪乃が叫んだ。五十嵐は友達がいないのにどんな学校生活を過ごしてきたのだろう。
ファッションに興味があって服装だけでこれだけ美しくなれるということは、それなりに学校外のところで楽しんでいたのだろうか。
「うん。ちょっと今嬉しいし楽しい。三村さん、ありがとう」
お礼を言われて梓は照れる。五十嵐は本当に幸せそうな顔をしてクレープを食べていた。
クレープを食べ終えると、移動して洋食店に入り、ランチをすることにした。時刻は正午過ぎだ。
冷房が程よく聞いており、雪乃も五十嵐も深く椅子にもたれかかっていた。
「中は涼しいね」
五分くらいして、雪乃は充分涼んだというような顔をしてからメニューを見る。
「私はがっつり肉にしようかな。体力つけないと」
「体力大事だよね」
そういえば、体力も前に比べてなくなっている。
というか四月から五月までの十五回に及ぶ「発表」の連続で、もう体力を使い切っていた気もする。だからダンスの練習の時も死にそうになっていた。
心身が摩耗したまま、回復していない。
「私はサンドイッチでいいや。あと抹茶アイス」
五十嵐はメニューを閉じた。梓もサンドイッチとバニラアイスを頼むことにする。雪乃は、チョコアイスを希望していた。
頼み終えると、話すことも特になくなった。なんとか話題を振ろうとしても、なぜか頭が鈍っていてあまり言葉が出てこない。
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