リアル
明(めい)
第1話
「ちょっと三村さん、スカート短い。ひざ下三センチと言っているでしょう」
友達の森川雪乃が欠席し、一人で学校から帰ろうと校庭を歩いていたとき、女性の教師にそう呼び止められた。
梓は内心でため息をついて振り返る。六十手前くらいの学年主任の佐藤の顔があった。
「去年から急に背が伸びてスカートが短くなりました。届けも出しましたが?」
去年の秋まで百五十五センチしかなかったのが、春にかけて急に伸びて、百六十センチになった。
学校では、スカート丈に限らず何かしらの事情があって校則違反になるときは届けを出さなければならないことになっている。
佐藤の目は吊り上がり、半ばヒステリックになる。
「すぐに買い替えなさい!」
「卒業まであと一年もありません。お金がもったいないです」
「いいから買い替えなさい。それにその靴は?」
佐藤はじろりと梓の靴を見下ろす。梓の履いている革靴は学校指定のものではなく、自分の足の形にあったものだ。
「これも届けを出したはずです。学校指定でどうして革靴の品番まで決めるのですか? たった三種類では足の形があわなくて痛くなる子だっています。私も痛くて歩けなくなったので、担任の細谷先生に言って変えました。届けた用紙、見ていないのですか」
佐藤は思い出したようにああ、と言った。
「なら靴はいいから、スカートは買い替えなさい」
スカートの丈の長さも膝上少しくらいだ。高校三年生の五月。卒業まであと一年もないのに買わなければならないのが納得いかない。
これ以上反論すれば教師に向かってと怒り出し、生徒指導室へ連れていかれるだろう。
仕方なく「はい」と言って穏便におさめ、満足そうに頷く佐藤に挨拶をして、校庭から出ることにした。
「三村さん、バイバイ」
中等部三年生の時に同じクラスだった複数の女子が後ろからやってきて手を振る。
梓は無理に笑顔を作って手を振った。
聖花女子学院。キリスト教の私立中高一貫女子校。親がキリスト教の学校に憧れて無理やり中学受験をさせられたのだ。
親に半ば強引に連れていかれた学校見学で、雰囲気が合わないと梓は思った。見学から帰った後、ここには行きたくない、受験をさせてもらえるなら他の学校へ行きたいと言うと、母親は聖花女子学院でなければだめだと怒鳴り散らした。
何度か口論になってもねちねちと一日中怒鳴り続けて、言い返しても聞いてもらえない状況だった。
母がすっかり気に入って盲目的になってしまったのだ。つまり、母の行きたがった学校に母の望むとおり、梓は入学しなければならなかった。
小学四年から始めた受験勉強は過酷なもので、塾に行くのも苦しく、小六の時はやりたいことをやる時間も遊ぶことも、全部勉強で潰された。見たいテレビもNG。
ずっと行きたくないと叫んでいた。でもなにを言っても怒鳴られるだけだし、親の期待に応えたいという気持ちも少なからずあり、受かってしまった。母が怒鳴ってまで入学させたのだから素晴らしい学校なのだろうとだましだまし通い続けたが。
学校では主よ、主よ、と狂ったようにクリスチャンの教師たちが叫び、日曜は教会へ行くことが必須で修学旅行以外神社へは行くなという。
寺も修学旅行とお葬式の時だけ。憲法にある宗教の自由に抵触しそうな気がしなくもないが、キリスト教における絶対神、創造主を信仰せよとそればかりだ。
しかも謎の校則で生徒を締め付ける。
例えば、靴。スニーカーなどは許されず、革靴のメーカーと品番を指定する。広く指定されるならいいが、たった三種類だ。
それ以外にも、腰にセーターを巻いている教師から、セーターを腰に巻くなと一人一人に注意が入る。
ヘアゴムを手首につけてはいけない、髪はもちろん黒で、長さは肩甲骨まで。それ以上伸びたら切る、肩まで髪がつくようなら必ず黒いゴムで結ぶ。
お菓子、漫画はNG。宿題を忘れたらノートを家まで取りに帰らなければならない。
校則は多くの高校にもよくあるけれどなんでこんなに意味不明なまでに生徒を縛り付けるのか梓には理解ができない。
壁は汚すな。セロテープもガムテープも壁に貼るな。画鋲は刺すな。こういう学校なので文化祭もつまらない。
五年ちょい頑張ってきて梓の精神は限界に近いものがあった。
教師が生徒一人一人に対ししつこく注意してくることにも嫌悪が湧いている。
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