セーハ遺跡と黄金の像⑥
これは『ヴェンの毒』に違いないと判断したベッキーは、以前、マルティナにもそうしたように、キュアの魔術を使用した。
「〝
唱え終わるとほぼ同時に橙色の雫が一雫、中空に現れダヴィの胸元に波紋を作る。
すると暗緑色に染まった部分が薄っすらと輝き、ベッキーが見守る中、パリパリと剥がれ落ちては光の粒子となって消えていく。肌に血色が戻る頃には、すべての暗緑色が剥がれ落ちていた。
苦悶に歪んでいた表情は安らかなものへと替わり、荒かった呼吸も今は落ち着いている。このまま安静にしていれば、いずれ目を覚ますだろう。
「ふ〜、上手くいったぜ」
その場で
「さすが姉ちゃん!」
そんな姉にマルティナは抱きつくと、頬ずりをする。
「さて、そうなると残りはアレだな」
ベッキーが顔を向けた方向へマルティナも顔を向ける。その視線の先には、黄金の偶像が鎮座していた。
「う、う〜ん……あ、あれ? ここは……」
とその時、ダヴィが目を覚ました。しかしまだ寝惚けているのか、目の焦点があっていない。
「よっ、気分はどうだ?」
そんな彼にベッキーが声を掛ける。ダヴィはビクッと肩を揺らすと、ベッキーたちの方へ咄嗟に顔を向けた。
「君たちは……ハッ、そうだ俺は毒を受けて……あ、あれ? 毒が消えてる?」
ダヴィは自分の体をぺたぺたと触りながら
「毒ならオレが解毒しておいたぞ」
その言葉に再びハッとなるダヴィ。
「君がこれを……? にわかには信じられないが、確かに毒は消えているしな……」
「冒険者が人を見かけで判断するのは良くないぜ? これでも毒には一家言あるんだ」
「確かにそうだな。済まない。そして助けてくれてありがとう」
「なぁに、あんたの奥さんから頼まれたからな」
「イザベラから? そうか、それは本当にありがとう」
「別にいいってことよ」とその場に立ち上がると、黄金の偶像へ向かって歩き始める。
「待つんだ! その先には罠が仕掛けられている」
「知ってるよ」
振り返らず、右手を上げてひらひらさせながら、そう応える。
「姉ちゃんは罠にも詳しいんだよぉ」
そして、気になった一枚の敷石をジッと見つめ、顔を上げると今度はその視線を周りの仮面軍に向けていく。次いでリュックから取り出した松明を手にすると、その持ち手の先で石の上の汚れをさっと払ってみる。
「たぶん
そう言うや松明の先で敷石を強く叩いてみせる。
すると敷石がゆっくりと沈んだかと思うと、次の瞬間右側の石仮面の口から鋭い矢が飛び出し、持っていた松明にグサリと突き刺さった。思った通りだ。
これと同じような模様の敷石は、全てNGだろう。それを確かめるため、今度はその左先にある敷石を叩いてみる。結果は同じだった。
次いでその隣のまったく違う模様のものを叩いてみる。しばらく待ってみたが、今度は何も起こらない。
これでハッキリしたとばかりに後ろの二人を振り返ると、「ちょっと行ってくるからそこで待っててくれ」と告げ、「気をつけてねっ」という相棒の言葉を背に最初の一歩を踏み出した。
手近の敷石の汚れをさっと払い、その模様を確かめる。そんな気の遠くなるような作業を行いながら一歩、また一歩と慎重に進んでいく。
一度看破したことのある系統の罠とはいえ、やはり緊張は拭いきれない。
そうして、ダヴィがハラハラとしながら見守る中、ようやく石段へと辿り着く。ひとまず難関は乗り越えたと、緊張から滲んだ額の汗を腕で拭いながら、フーッと一息つく。
落ち着いたところで石段をゆっくりと上がる。さすがに石段にまで仕掛けを施すほど意地悪ではなかったようだ。黄金の偶像と面と向かう。今、文字通り手の届くところにお宝はあった。
しかしそのまま偶像を持ち上げるような愚は侵さない。ここまで様々な罠を張り巡らしていたのだ、この祭壇にも同様の仕掛けが施されていると見るべきだろう。
そしてその仕掛けは、既に見当はついている。そのための砂も、以前の経験から常に常備していた。
ジッと偶像を見る。そして右手に持った砂の入った布袋の重さを確かめる。おそらくだが、偶像のほうが若干軽いような気がして、布袋に左手をつっこみ砂を一握りだけ取り出す。そしてもう一度布袋の重さを確かめると、握っていた砂を少しだけ袋に戻し、残りはゆっくりと足下に捨てた。
ゴクリと唾を呑み込む。ここからが正念場だった。
握った砂袋を偶像の右側に、残った左手を偶像の左側へと伸ばす。そこで一旦息を止める。
それはあっという間の出来事だった。左手で偶像を掴むと同時に、砂袋を転がすように台座の上に置く。ベッキーは何か起こるかと思い、動きを止めた。
だが何も起きない。今度こそ成功したか?
だがそう思ったのもつかの間。ベッキーが背を向けたとき、背後から石が擦れるような音がしてきた。振り返ると台座が沈みだしている。
「クソッ、やっぱり駄目か!」
盛大に毒づく。
祭壇の周りでズズズーと唸るような音がして、重い石が天井から落下し始め埃が立ち込める。
しかも「姉ちゃん入口がっ」というマルティナの叫びに目をやれば、ゆっくりとだが、確実に出入り口を塞ぐように石壁が降りてくるところだった。
このままでは閉じ込められてしまう。
こうなっては石畳の罠など気にしている場合ではない。ベッキーは石段を飛び降りると、左右の石の仮面から矢がピュンピュンと飛んでくるのも構わずに、石畳を全力で駆け抜ける。
矢が腕や頭を掠め、背中のリュックに刺さる感触に肝を冷やしながらひた走る。
「姉ちゃん、早く!」「急げ!」
先に脱出したマルティナたちが叫ぶ。
なおも落ちてくる重い石に気をつけながら出入り口へ駆け込むベッキー。頭から飛び込み、その体を転がして石壁の下を潜るのと、石壁が重たい音とともに降りきるのはほぼ同時だった。あと数瞬でも遅ければ、閉じ込められていたか、最悪石壁の下敷きになって
「……あ、危なかった……」
あまりのことに、半ば放心状態でポツリと呟くベッキー。
「ホントだよ。ヒヤヒヤしたよぉ……」
「まったく心臓に悪いぜ……」
二人も抗議するように不満を漏らす。
でも、とベッキーが右手に掴んでいたものを掲げてみせる。
「お宝はしっかりいただいてきたぜ」
その手には、カンテラの灯を受けて、燦然と輝く黄金の偶像が握られていた。
そして、ところ変わって冒険者ギルドにて――
「ダヴィ!」
「イザベラ!」
一組の夫婦が、お互いの存在を確かめ合うように、ぎゅっと抱きしめ合う。
その光景を前に、ギルド内は割れんばかりの拍手で埋め尽くされた。
「ベッキーさん、マルティナさん、本当にありがとうございました!」
感極まって口付けまで交わし始めた二人を
「〝さん〟付けはいい加減止めてくれ、ケツが痒くなる。それとオレたちは『冒険者』だ、礼なら積むもん積んでもらえりゃそれでいい」
「いつも思うけど、姉ちゃんって素直じゃないよねぇ」
「なっ!?」
「まったく、礼くらい素直に受け取るべきですよ?」
ね〜! とソフィアとマルティナが声をハモらせる。
「うっさい」
拗ねたようにそっぽを向くベッキー。
しかしその顔は、小さく笑みを浮かべていたのだった。
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