巨人の里とᚦの玉【前編】④

 毎度おなじみの転移装置を使って迷宮を脱出したベッキーとエイダは、徒歩で数日の旅路を経て、城郭都市チャドに辿り着いていた。


 そして今、冒険者ギルドを訪れた二人は、ギルド長のハーディーへ迷宮での調査報告を行っているところだった。


「そうか……冒険者は、調査隊も含めて全滅か……」


 沈痛な面持ちで、深いため息を吐くハーディー。その手にはベッキーたちが迷宮で回収した、犠牲者たちの冒険者証が握りしめられていた。


「死んだ人間のことをとやかく言うのは好きじゃないが、調査隊のメンバーはもっと罠に精通したやつを選ぶべきだったな。先に入った冒険者が引っ掛からなかった罠で死んでるようじゃ話にならない」


 そう言うと、ベッキーは茶菓子として出されたクッキーを、パキりと二つに割った。


「耳の痛い話だな」


 ハーディーはますます顔を曇らせながら、静かにハーブティーに口をつけた。


「そこで提案なんだが。罠に精通した冒険者による講習会を開くってのはどうだい?」


「講習会か……」エイダの提案に思案気な顔で腕を組む。「それは良い考えだな」


 ハーディーは早速とばかりに冒険者名簿を取り出すと、罠に精通した冒険者の洗い出しに入った。


「ベッキー、君にも協力を要請したいのだが」


 と名簿をめくりながらハーディーが話を続ける。


「エイダにも言ったが、オレはそんながらじゃない。それに他にもやらなくちゃならないことが色々とあるんだ。悪いがそっちの問題はそっちで解決してくれ」


「そうか……。非常に残念だが、無理強いはすまい。だが気が変わったらいつでも私を訪ねてくれ」


 最後に握手を交わし、執務室を退出する。二階から見下ろすと、早朝にもかかわらず多くの冒険者で賑わっていた。この全員に、罠の危険性についてありがたいご講説をく自分の姿を想像してみる。


「…………」


 まるでピンとこなかった。


 やはり自分は誰かにものを教える柄ではないのだと再認識する。そんな自分に手とり足取り色々なことを叩き込んでくれた師匠は、やはり凄い人なんだなと改めて思うのだった。


「これからどうする?」


「ひとまず飯だな。それからは、せっかくここまで来たんだ、街の中を見て周りついでに隠れ里の情報でも集めるとするさ」


 という訳で、冒険者ギルドの職員からおすすめされた飯屋へとやって来たベッキーとエイダは、それぞれが頼んだ料理に舌鼓を打っていた。


「飯は旨いし、ミスルほどじゃないにせよ活気もある。なのに街全体がなんかピリピリしてるのは何でなんだ?」


 肉料理にフォークを突き立てながら、ベッキーがこの街に入ってから感じていた疑問を口にする。


「ああ、それはこの街に軍が駐留しているからだね」


「軍が?」


「そうさ。何せここは目と鼻の先にリタニア大陸――魔族領が広がっているからね」


 魔族と聞いてベッキーの肩がぴくんと小さく跳ねる。しかしエイダはそれに気づかぬふりで、何でも無いように言葉を続けた。


「まぁ、大昔の魔族との戦争以降一度も攻められてないからね。半分形骸化しつつあるっていう噂だよ」


 それからほどなくして食事を終えた二人は、会計を済ませると街を散策し始めた。隠れ里の情報集めのため、特に紋付き奴隷がいそうな場所を重点的に周る。


 しかし奴隷の飼い主やら、監督官に金を握らせ、直接紋付き奴隷と話をするも返ってきた答えはどれもかんばしくないものばかりだった。


「ここも駄目か……」


 頭から水を滴らせながらベッキーがぼやく。質問の返答代わりに桶いっぱいの水をぶっかけられたのだ。


「これはもう口が硬いとかって話じゃないね」ベッキーの頭を拭いてやりながらエイダが言う。「もしかして本当に隠れ里なんか無いんじゃないのかい?」


「それは無いだろう。連中のあの反応からして、何かを知ってるのは間違いねぇと思う」


 まぁ、よくよく考えてみれば、どこの誰ともわからないやつが突然押しかけてきて隠れ里のことを教えろと言う。内容以前に警戒されて口をつぐむのも当然と言えた。こんなことなら交渉術を師匠からもっと学んでおくんだったと、今更ながらに後悔する。


 結局この日は何の収穫も得られず、この都市での情報収集を早々に見切りをつけたベッキーは、エイダとともに翌日乗合馬車でミスルへ向けて出立したのだった。


 そして二十日ほど過ぎたその日、


「やっと着いたぁっ……ああ、腰が痛てぇ!」


「ほんと腰にくるね……」


 ベッキーとエイダはようやくミスルへと帰ってきたのだった。


「途中に宿場町でも建てればいいのにようぉっ」


 よほどこたえたのだろう、ベッキーが腰に手を当て海老反りながら愚痴る。


「まったくだねぇっ」


 特に体の大きなエイダにとっては、その苦労もひとしおだったようで、腰だけでなく全身を揉みほぐしていた。


 それからほどなくして、二人は報告のために冒険者ギルドに立ち寄っていた。ギルドは今日も大盛況で、クエストを張り出した掲示板の前は人だかりが出来ていた。


「あらっ、ベッキーにエイダじゃない。おかえりなさいっ」


 二人がアーティファに面会を頼もうと受付へ足を向けたところで、二階から自分たちの名前を呼ぶ声が降ってきた。そちらに顔を向けてみれば、その本人が満面の笑みを浮かべて二人に手を降っていた。


「で、依頼の方はどうだったの?」


「無事――と言って良いのか分からんが、達成はしたよ」


 執務室で、アーティファが淹れてくれたハーブティーで口を湿らせると、エイダは彼女の質問に奥歯に物が挟まったような物言いで答えた。


「何かあったの?」


 その物言いに、表情を若干曇らせるアーティファ。


「行方不明の冒険者全員死んでたんだ」


 そんな彼女に、エイダに代わってベッキーが、茶菓子として出されたクッキーを口に放り込みながら簡潔に答える。


「そんな……」


 両手を口に当て沈痛な面持ちで絶句する。エイダはそんな彼女の隣に座ると、慰めるようにポンとその肩に手を置いたのだった。



 次に二人が向かったのは、エル・ヴィエント――ベッキーとマルティナにとって大師匠にあたる人物が営む薬屋だった。


「ほんとに居ねぇっ」


 鍵の掛かった扉を前にベッキーが毒づく。


「アーティファが言った通りだったね」


 困ったもんだとエイダがため息を吐いた。


 というのも、冒険者ギルドを去り際にアーティファがこんなことを言っていたのだ。


「ここしばらくエルさんの姿が見えないんです。お陰で薬の発注が滞り気味で……」


 それで訪ねてみればこの有り様である。


「たぶんマルティナの修行をつけてるんだろうけど、どこまで行ったんだあの人?」


 双子の妹であるマルティナのことが心配なのだろう。また無茶なことさせてないだろうなと、鼻息を荒くするベッキー。


「巨人と渡り合えるように修行をつけるとか言ってたけど、まさか巨人の領地へ行ってたりしないだろうね」


「まさかそんな筈は――」


 エイダの言葉に、アハハハと二人して乾いた笑いを上げる。


「あの女ならあり得る!」


 修行だと言ってマルティナを無数のコボルトが巣食う坑道に、灯りも無しに一人放り込むようなイカれた奴のことだ、トロールやサイクロプスの相手をさせるために巨人の領地へ躊躇いもなく連れて行きかねない。


「追うかい?」


「訊くまでもねぇっ」


 待ってろ、今姉ちゃんが助けに行くからな!


 と、その時だった。


「ん? 何だか通りが騒がしいね」


 さっそく旅の準備をしないと、と意気込むベッキーは気がついていないようだったが、確かに表通りから怒声や、罵声が聞こえてくる。それも今二人がいる裏通りへ、だんだんと近づいているようだった。


 事件かなにかだろうか? とエイダが注視していると、裏通りにボロを着た一人の青年が転がり込んできた。


「あ、あいつはっ」


 エイダにはその青年に見覚えがあった。そして青年の方もエイダたちのことを覚えていたのだろう、けつまろびつ二人の下へ息もからがらに走り込んできた。


「頼むっ、助けてくれ!」


 その青年は、以前奴隷商の下で売られていた紋付き奴隷だった。大方奴隷商の下を逃げ出して誰かに追われているのだろう、しきりに背後を気にしている。


「隠れ里の場所を吐くなら助けてやる」


 事情を察したベッキーが早口に条件を出す。


「……」青年は逡巡したが、それも一瞬のことだった。「何でも話すから早く!」


「そうこなくちゃな!」


 ベッキーはピッキングツールで手早く扉の鍵を開けると、店の中に青年をかくまった。


「あの野郎、どこ行きやがった!?」


 とそこへ、一拍遅れて堅気かたぎには見えない男たちが裏通りに姿を見せた。各々長剣ロングソードを抜身で持っている辺、お里が知れるというものである。


「おいっ、そこの女! 紋付きの男を見なかったか」


 その中の一人、右目に眼帯をつけた、いかにもな風貌の男がエイダに詰め寄る。


「さあ、知らないねぇ」


「隠すとためにならねぇぞ!」


 エイダの言い方が気に食わなかったのか、眼帯男がなおも食って掛かる。


「どう、ためにならないってんだい?」


 底冷えしそうな低い声で、エイダも眼帯男に詰め寄る。その迫力たるや、眼帯男の比ではなかった。


「クッ」


 しかもエイダの身長は2mある。眼帯男は自分よりも頭一つ分高い位置から凄まれ、明らかに臆していた。そこへ別の男が「何やってやがる、行くぞ!」と声を掛けたのを、これ幸いと踵を返す眼帯男。去り際に「覚えてやがれ!」と言うのも忘れない。


「ったく、とんだ小物じゃないか」


 まったく情けないとエイダが毒づく。


 そしてすべての男たちが走り去ったのを見計らってベッキーが扉を開ける。その奥では紋付きの青年が頭を抱えるようにしてうずくまり、息を潜めていた。


「もう行ったぞ」


 その言葉に肩をビクンと弾ませると、ゆっくりと顔を上げる青年。その視線の先にベッキーとエイダの二人だけしか居ないのを認めると、脱力したように後ろへ倒れ込んだ。


「助かった……っと、そうじゃない!」


 それも束の間。血相を変えて飛び起きると、


「お願いだっ、助けてくれ!」


 と改めて二人にすがり付いた。


「だから助けただろう?」


「違う、そうじゃないんだっ。妹を、アルマーサを助けてくれ!」


 困惑するベッキーに、青年は叫ぶようにそう言ったのだった。




(後編に続く)

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