師匠⑤
ハッとなって目を覚ます。視線の先には見慣れた天井が広がっていた。ヤクー村の我が家だ。
咄嗟に上半身を起こそうとして全身を走った痛みに悶絶する。その痛みに、ベアトリスは自分がまだ生きていることを実感した。
でもどうやって? カルロ達が助けてくれたんだろうか。
とそこで自分の右手を誰かが握っていることに気が付いた。顔をそちらに向けて、そこに居た人物に我が目を疑う。
「マルティナっ?」
そう、椅子に腰掛け手を握った状態で眠っているその人物は、孤児院で疫病に臥せっている筈の妹だった。
「ん……お姉ちゃん?」ベアトリスの声に目を覚ましたマルティナは、「お姉ちゃんっ!」姉の存在を確認するかのようにギュッと抱きしめた。
「え? ――は? えっ?」突然抱きしめられ、困惑するベアトリス。何が何やらさっぱりで、誰でもいいから説明して欲しかった。
「もうっ、お姉ちゃんのバカ! あたしなんかの為にこんな無茶をして!」
「そんなことより、オレどれだけ眠ってたんだ?」
「そんなこと!? 三日間も眠り続けといてそんなことって! あたしやカルロ達がどれだけ心配してたか分かってるっ?」
「三日っ?」思っていた以上に眠り続けていたらしい。あと、カルロも無事だと分かってホッとした。
「けどな、オレはお前のお姉ちゃんだからな。妹のために無茶するのは当たり前なんだ」そう言ってマルティナの頭をそっと撫でる。「だから『あたしなんか』なんて言わないでくれ」
「ごめんなさいっ。ごめんなさいっ!」
その途端顔をクシャッと歪ませ、ベアトリスに縋るように泣き続ける。「そんなに謝る必要はないだろ」
「違う、違うのっ。あたし、あたしはっ――」そこからは言葉にならないのか、マルティナは再び泣き出してしまった。
そんな彼女に増々困惑の度合いを深めたベアトリスだったが、しょうがないなぁと小さく息を吐き、そんな妹を慈しむように優しくその頭を撫で続けた。
「いやー、実に美しい姉妹愛だね」
とそこに、まったく場の雰囲気にそぐわない茶化すような声が割り込んできた。
「誰だあんた?」
いつからそこ居たのか。ブラウンの長い髪を一本にまとめた女が、食卓の椅子に腰掛けパチパチと拍手をしていた。
「誰だとは心外だね。あんた達の命の恩人だってのにさ」
「オレたちの?」
「そうさ。瀕死だったあんたを治療して、あんたに託されたシトゲの葉を持って町に向かったのも全部このあたしっ」
「オレはシトゲの葉を手に入れていないぞ」
「ん? ああ、覚えていないのか。落ちた場所にあったんだよシトゲの葉が。それをあたんが掴んであたしに向かってこう言ったのさ。『妹を助けてくれ』ってね」
「まったく思い出せない……。でもなんであんたはあそこにいたんだ?」
「ああ、それはね――」
どうやらあのアナグマの変異体はこの一帯だけではなく、他の地域でも被害をだしていたらしい。その被害の範囲から、おそらく群れの中心となる存在、
「それじゃ、あの化け物共は――」
「あたしが親玉を倒したから、今頃他の奴らが残りの小物を全滅させてる頃じゃないかな」
きっとその親玉が父さんの敵だ。その親玉を倒したということは、
「あんたは父さんの敵も討ってくれてたんだな。ありがとう」
「礼には及ばないさ。こっちは仕事でやっただけなんだからね」
「それでもだよ。それにオレたちの命も救ってくれた。本当にありがとう――ええと……そういえば名前をまだ聞いてなかったな」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。あたしはタカナシ。銀等級冒険者のトモコ・タカナシだ」
※ ※
「懐かしいな」再度トリカブトの葉を返す返す見やりながら独りごちる。
あの一件の後、師匠の提案で弟子入りしたんだったか。
それにしても、と自嘲気味に小さく笑う。
あの時オレが手にしたのはシトゲの葉ではなく、よく似た葉の形をしているトリカブトだったに違いない。危うく妹に毒を盛るところだったのだ。
師匠はそのことに気が付いていて、あの時嘘をついたのだろう。そう思うと感謝で心が一杯になった。ま、オレたちに
どうしてくれようか、そんなことを考えながらトリカブトの葉を本に挟む。
その顔はどこか愉しげに笑みを浮かべていたのだった。
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