女神を自称する女⑤

 散らかった部屋を片付け、スウェットパンツを履き終えた彼女と、僕はひとまず朝食を取ることにした。


 といっても凝ったものは作る気力がないから、トーストとベーコンエッグ。それに珈琲と極簡単なものにした。


 ちなみに神様もちゃんと食事はするらしい。


「――!? なんじゃこの香ばしくて柔らかいパンは!」


 彼女はそれが甚く気に入ったらしい。ベーコンエッグのおかわりを要求しながら、4枚のトーストをぺろりと完食した。


 異世界ものとかで白パンに感動するシーンがあったりすけど、実際にこんな感じなんだな。6枚切りで100円前後の安物なのが逆に申し訳なくなるような、見事な感動っぷりだった。


 そしてこれも初めて口にするのか、「苦いが、それがまた癖になるのう」とブラック珈琲を堪能する彼女。


 どうやら向こうの世界に珈琲は存在しないらしい。今回はインスタントものだったけれど、次があれば豆から挽いてみるのもありかもしれない。


 そんな彼女を残し、空いた食器を洗っていると、不意に彼女が話しかけてきた。


「さっきはほんとうにすまんかった……」


「いや、僕の方こそ信じきれてなかったとはいえ配慮が足りなかったよ。ごめん」


「ではお互い様ということじゃな」


 ハハとどちらかともなく笑う。どうしよう、少しいい感じなのは気のせいだろうか。


 ちらりと彼女の方へ顔を向ける。そのつもりは無かったが、ついついそのスウェットに包まれた体に目が行く。


 あの下はノーブラ、ノーパンなんだよな〜、なんて童貞こじらせた奴みたいなことを考えていると、突然彼女が吹き出すように笑い出した。


「そんなにこの体が気になるのかや?」


「――あっ、いや、」気づかれたことに動揺して言い訳が尻窄みになる。「そういうわけじゃ……」


「よいよい。別に責めているわけではないんじゃ」からから笑いながら「さっきはああ言ったが、そもそもこの顔も体も造形はお主の理想を基にしておるからの。気になって当然じゃろ」


 そしてさも当然のようにとんでもないことを口にした。


「僕の……『理想』?」え? どういうこと?


 意味が分からず困惑する僕に、彼女は続けてこう言った。


「もう忘れたのかや? 初めに言うたであろう、『この世界の基礎知識を得るためにお主の記憶を観た』と」


「――あっ」と思わず声に出る。思い出した。確かにそんなこと言ってたな。


「ん、待てよ? ということは……」


 そこまで呟いてから、次いで彼女の頭の先から、そのつま先までをゆっくりと目で追う。


 一本に三つ編みで束ねてこそいないが、烏羽色の美しい黒髪。どこか妖艶さを漂わせながらも、いたずらっ子のような笑みを浮かべる紅い唇に、僅かに吊り目がちな黒い瞳。


 そして、ツンと上向きでモチ柔な乳房と、流れるような美しい肢体……。


「ほんと、まんまじゃん」愕然としすぎて、思わず膝と手を床につく僕。


 じ、じゃぁ、もしかして。「その喋り方も……?」


「そうじゃよ? 確か『賢狼ホ』――」「わー! それ以上は駄目ぇっ」


 思わず彼女の台詞を遮ってから頭を抱える。


 これまで何度も夢想してきた、『こんなお姉さんとお近づきになれたらな』という理想の女性が目の前、それも手を伸ばせば触れられる距離にいる。


 それは本来なら喜ぶべきところなのかもしれないが、今の僕はただただ自分の黒歴史を眼前に突きつけられたような気持ちで一杯で、顔を手で覆ってのたうち回ることしかできなかった。

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