レイダース・トラップ⑥
結果的には上手くいった。
着地したのが対岸の端っこで、危うく背中から溝に落下するところだったが何とか踏み留まることが出来た。
その後マルティナも、まるで軽業師のように飛び越えてみせ、今二人はその更に奥へと進んでいるところだった。
ちなみに対岸にもスイッチらしきものは見当たらなかった。要するに最悪帰りにもう一度『アレ』をやらなければならない訳で、そうなれば時間的に遺跡内で一泊する羽目になるだろう。
そう考えるとげんなりするベッキーだったが、今は進むしかなかった。
それから程なく進んだその先。左に曲がった角を抜けると、そこには別の空洞が広がっていた。
それは大きな半円形の空洞で、その石の床には手の込んだ彫刻が施されており、左右の湾曲した壁には、幾つもの石の仮面が飾られている。そして中央奥の壁には、おそらく太陽を象ったものだろう真鍮製のレリーフが吊り下げられていた。
これまでのそれとは一線を画す場の雰囲気に思わずゴクリと唾を呑み込む。バース族の聖域にようやく到達したのだ。
「おい、あれって……」
そういって指さしたその先。太陽のレリーフの真下、短い石段のてっぺんに円柱の石台が建っている。明らかに祭壇だ。そこには人間の頭蓋骨ほどの大きさをした、黄金の偶像が奉られていた。
「あれって目的の偶像だよねっ」マルティナがバンザイするように両手を上げてはしゃぐ。
目指す宝が、今眼の前にある。そのことに興奮を抑えきれない二人だったが、まだ油断は出来ない。ベッキーは今にも宝に向かって走り出しそうな相棒を制しながら、その場にしゃがみ込んだ。
そして、気になった一枚の敷石をジッと見つめ、顔を上げると今度はその視線を周りの仮面軍に向けていく。次いで空洞の入口に立てかけてあった松明を手にすると、その持ち手の先で石の上の汚れをさっと払ってみた。
「こりゃ罠だな」
「えっ?」その台詞に、その場で駆け足をしていたマルティナの足がピタッと止まった。
「たぶん
これと同じような模様の敷石は、全てNGだろう。それを確かめるため、今度はその左先にある敷石を叩いてみる。結果は同じだった。次いでその隣のまったく違う模様のものを叩いてみる。しばらく待ってみたが、今度は何も起こらない。これでハッキリしたとばかりに立ち上がると、「ちょっと行ってくるからそこで待っててくれ」と告げると、「気をつけてねっ」という相棒の言葉を背に最初の一歩を踏み出した。
手近の敷石の汚れをさっと払い、その模様を確かめる。そんな気の遠くなるような作業を行いながら一歩、また一歩と慎重に進んでいく。偶像をもう一度見やる。お宝はすぐそこだというのに、その距離はあまりにも遠く感じられた。
仮面軍が聖域を侵した侵入者を呪おうと呪詛を垂れ流し始めた――緊張からそんな妄想に取り憑かれそうになる。黄金の偶像もまたこちらを睨んでいるように思えてきて、ベッキーが信心深い人間だったならば、本当に呪われたと錯乱していたかもしれない。
そうして、マルティナがハラハラとしながら見守る中、ようやく石段へと辿り着いた。ひとまず難関は乗り越えたと、緊張から滲んだ額の汗を腕で拭いながら、フーッと一息つく。
落ち着いたところで石段をゆっくりと上がる。さすがに石段にまで仕掛けを施すほど意地悪ではなかったようだ。黄金の偶像と面と向かう。今、文字通り手の届くところにお宝はあった。
しかしそのまま偶像を持ち上げるような愚は侵さない。これまで様々な罠を張り巡らしていた部族だ。この祭壇にも同様の仕掛けが施されていると見るべきだろう。
そしてその仕掛けは、初めの洞窟を入る時点でおおよその見当はついていた。そのための砂だった。
ジッと偶像を見る。そして右手に持った砂の入った布袋の重さを確かめる。おそらくだが、偶像のほうが若干軽いような気がして、布袋に左手をつっこみ砂を一握りだけ取り出す。そしてもう一度布袋の重さを確かめると、握っていた砂を少しだけ袋に戻し、残りはゆっくりと足下に捨てた。
ゴクリと唾を呑み込む。ここからが正念場だった。
握った砂袋を偶像の右側に、残った左手を偶像の左側へと伸ばす。そこで一旦息を止める。
それはあっという間の出来事だった。左手で偶像を掴むと同時に、砂袋を転がすように台座の上に置く。ベッキーは何か起こるかと思い、動きを止めた。だが何も起きなかった。
ベッキーは手の中にある黄金の偶像を見て、再びフーッと息を吐くとニヤッと笑った。マルティナは石畳の向こうで小躍りして喜んでいる。
ようやく手に入れた。後は二人揃って師匠が待つリベルタの町に帰るだけである。
だがそう思ったのもつかの間。ベッキーが背を向けたとき、背後から石が擦れるような音がしてきた。振り返ると台座が沈みだしている。
「あ、ヤバッ」これはまずい!
祭壇の周りでズズズーと唸るような音がして、重い石が天井から落下し始め埃が立ち込める。しかも「姉ちゃん入口がっ」というマルティナの叫びに目をやれば、落ちるような勢いで石壁が降りてくるところだった。
こうなっては石畳の罠など気にしている場合ではない。ベッキーは石段を飛び降りると、左右の石の仮面から矢がピュンピュンと飛んでくるのも構わずに石畳を全力で駆け抜ける。矢が腕や、背中を掠める感触はあったものの、幸いなことに一つも当たることはなかった。
マルティナと合流し、なおも落ちてくる重い石に気をつけながら入口を塞ぐ石壁に取り付く。石壁は見るからに重厚で、試しに二人で持ち上げようとしたが案の定ビクともしない。こんなことなら爆発系の魔導具でも用意してくるんだったと後悔したが後の祭りである。
他に出入りできる場所は無い。このままここで生き埋めか? そう二人が絶望しかけたとき、
――ガラガラッ
背後で何かが崩れる音がして振り返ってみれば、落石の影響か、はたまた元々そういう仕掛けだったのか、入口とは反対側の壁が崩れ落ち、その向こうに新たな洞穴が続いているのが見て取れた。
これで脱出出来る! 二人が喜び勇んで洞穴に入ろうとした時、それは起こった。
腹に響くようなゴゴゴゴッという重低音が響いたかと思ったその矢先、バゴンッという凄まじい爆発音にも似た音を轟かせながら、レリーフが吊り下げてあった場所の向こうから、石壁を派手に突き破って何か大きな物体が姿を現したのだ。
「――は?」あまりのことに唖然とする二人。その目の前、石段を押し潰すように現れたそれは、巨大な丸石だった。
「おい、あれひょっとして――」と言いかけたとき、
そこで塞がれた入口側に退避すればやり過ごせたかもしれない。マルティナも同じことを考えていたようだ。
しかしベッキーが取った行動は――、
「洞穴に向かって全力で走れ!」だった。
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