レイダース・トラップ②
誠士郎「向こうの世界にも〝鶏〟って居るんだね」
アーシャ「おったぞ。いつも決まった時間にしか鳴かないことを除けば、こっちのやつとそう大差ない鳥じゃったな」
誠士郎「それと向こうの長さの単位ってどう呼ばれてるの? ちなみにこれが『1cm』ね」
アーシャ「『セルミ』じゃな。ふむ、その長さじゃと――1セルミといったところか。ちなみに100セルミが『1メルタ』じゃ」
誠士郎「その辺はこっちと同じなのか。それは計算しやすくて助かるな」
※ ※
ここはとある村の外れの外れ。辺鄙な森の中に建てられた一軒の二階建ての家。
村で飼っている鶏の鳴き声がかすかに聞こえてくる、そんな時間帯。
一人の女が二階から降りてくる。
年の頃なら20代半ばくらいだろうか? ちゃんと手入れをすればさぞかし映えるだろうブラウンのロングヘアは見る影もなくボサボサだ。
そんな頭をかりかり掻きながらゆっくりと降りてくるその様からは、今しがた起きたばかりであることが有り有りと見て取れた。
「え〜と……ベッキーは」
誰かの名前だろうか、ぽつりそう漏らすように口すると、一階に設置してある3つの扉の一つを開けた。
「…………すぅ〜」
その向こうはこじんまりとした部屋になっており、必要最低限の家具が並んでいる。
その壁際に置かれた簡素なベッドの上、シーツを蹴飛ばし、ショーツだけというあられもない姿の少女が一人、鞘に収められた
「ここにはいない、と」
少女が眠る反対側の壁際に設置されたベッドは、誰かが使っていた形跡はあれど、空っぽになっている。
女はそれだけ確認すると、「――てことは地下室か」とボヤきつつ部屋を後にした。
その足で地下室へ通じる階段が設置された部屋へ向かう。扉を開けると、埃っぽい匂いに混じって何かの薬品の匂いが鼻を突く。
しかしそこは慣れたものとばかりに、眉根一つ動かさず階段へ歩みを進める。
階下を覗き見てみれば、ランタンのものだろうか、地下室に淡い光が確認できた。
女は目的の人物が予想通りのところに居たことに、はーと呆れたように息を漏らすと、また頭を掻き掻き階段を降りていく。
「やっぱりここに居たかベッキー」
するとやはりランタンの明かりの下、一人の小柄な少女――ベッキーが作業台で何やら細かい作業の真っ最中だった。
「なんだ師匠。もう朝か?」
「何だじゃないよバカ弟子。今日は大事な話があるからしっかり寝ておけって言っておいたよね?」
「大丈夫だ師匠。人間は2、3日徹夜したぐらいでは死なん」
「そう言って簡単な罠に引っ掛かって死にかけたのは、どこの誰だったかな?」
「あの頃のオレはまだ若かったんだ……」
「つい半月前の話だったでしょうが!」
「そんなことより見てくれ師匠っ」
「そんなことで片付けるなっ――で、今度は何作ったの」
「これだっ」
目を爛々とさせながら手で作業台の上を示すベッキー。そこにはサイズにして高さ約12cm、直径約3.7cmの円筒形。その上部には引き抜くタイプのピンが付いている、おそらくこの世界では誰もその正体が分からないだろう物体が五つ並んでいた。
「…………ん? ちょっ、あんたまさかこれっ!?」
「ついに完成したんだっ。〝
「あんたって子は…………」頭を抱える師匠。
以前、山賊に囲まれた折に、同じく自作の閃光手榴弾で一網打尽にしたことがあったが、師匠はそれを今更ながら後悔した。まさか再現できるとは思ってもみなかったらしい。
「ちなみにこの容器は自分で?」
軽く本体を指で弾く。帰ってくる感触は〝鉄〟のそれではなく、むしろ〝プラスチック〟に近かった。しかしこの世界に鉄は存在しても、プラスチックは存在していない筈で、どうやったのかと訝しむ。
「んにゃ。鉄だと破片が飛び散って大変だからさ、ボックルのおっさんに相談したらそれを作ってくれたんだ」
ボックルとは村で鍛冶職人を営んでいるドワーフで、気難しいが腕は確か。さすが250年生きてきただけあってか、〝特殊〟な素材にも精通しており、何でもウーレという木から採取できる特殊な樹液に、スライムから採取できる、これもまた特殊なオイルを混合させたものを型にはめて窯で焼いたものらしい。
「まったく、あたしがそれを再現するのに何年掛かったと思って……っ」と小さくボヤく。
ちなみに師匠が使っていた容器は鉄製だったようだ。
「なんか言ったか?」
「何でもないっ。――それにしても、気難しいで有名なあのボックルが、何故かあんたには甘いのよね。何でだろ?」
「さぁな。あ、前に姪っ子がどうのとか言ってたから、オレとそいつを重ねてんじゃねぇか」
なるほど姪っ子ね……と弟子の頭の先から爪先までを見やった師匠は、何か得心のいった表情を浮かべると、次いで咄嗟に顔を背け、ぷふっと小さく吹き出した。
「おい、今失礼なこと考えただろっ?」
「何でもない何でもない。それよりほらっ、話があるって言ったろ。さっさと片付けてあの子を起こしてきな」
ほらほらと急かす師匠に、ベッキーはなおも何か言いたげにしていたが、結局それ以上は何も言わずに一階へと上がっていった。
そんな弟子の背中を見送りながら、「どうしたもんかねぇ」と改めて作業台の上に目をやる。
「あれ?」そこには四つの閃光手榴弾が所在無げに転がっていた。
バンッという凄まじい音が鳴ったのは、そのすぐ後のことだった。
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