第2話 カフェ
「あ」と思ったはいいものの、名前をちゃんと知らない。たしか……ふるなんちゃらさんだったような気がするけど。それに呼び止める必要性もない。
特に何も言えず、失礼します、とだけ言ってテーブルを去ろうとした時だった。
「えっと……つきみさん、だよね?」
そう言われて振り返った。目が合ったのは、今日名前を見つけるのを手伝ってくれたあの男の子。
*
いや待って、何で引き留めたんだ俺のバカ! どう考えても困ってるし、ってか何も話すことないし!
心の中で頭を抱えていると、つきみさんが俺に話しかけてきた。
「ありがとう、ございました」
「……え?」
「あ。あのクラス分けの紙、名前見てくれて」
「あ、あぁ、あれか。全然、大丈夫。デス」
片言になってしまった俺の言葉を最後に、俺たちの間に沈黙が訪れる。
「カフェ好きなの?」
「え?」
「ここ来た時、すぐに珈琲くださいって言ってたから……それのために来たのかなって」
「あ、うん。カフェ巡り、好きなんだよね」
つきみさんの言葉にスラっと言葉が出て行ってしまったことに気が付いて慌てた。
前の経験があったから。
「でも、やっぱダサいよね」
続いた俺の言葉に、つきみさんの目がゆらりと揺れたのがわかった。
………
……
…
中学に上がってすぐ、書店でカフェの本を見つけた。母の影響で好きになったカフェは今どきのものではなく少し昔のレトロ感があるものだった。
その本を買って通りを歩いているとき、前の女子中学生の話声が聞こえてきた。
「雑誌にさ、レトロ風のカフェ特集みたいなのあったじゃん。
あれの良さいまいちよくわかんなくない?」
「え、わかる。あれすっごい特集されてたけどあの雑誌と合ってないよね。
あれよりはもっとおじさん向けの雑誌の方がいいって」
「だよね。中学生、高校生が行くにしてはちょっとダサいわ」
思わず、買った雑誌を隠したくなった。袋に入ってるから何を買ったかなんて誰からもわからないだろうに。
自分が買った本の話ではないかもしれないけれど、レトロなカフェに行くこと自体が「ダサい」と定義づけられてしまったかのように自分の好きなものがよくわからなくなった。
………
……
…
最近では、昭和レトロといったタイプのものが人気になってきているとは言うし「ダサい」と思わない人もいるだろう。だけど自分自身が人から「ダサい」と言われるのはすごく嫌だった。だからこの趣味は誰にも言ったことがない。
ダサいよね、と言った俺の言葉につきみさんは口を開いた。
「ダサくはないんじゃない? 好きなものに一生懸命って誰でもカッコいいみたいに言うし」
「それに人の趣味ダサいとか誰にも言う権利ないし。自分がよければそれでよしって感じだと思うけど」
つきみさんの目が俺の目をまっすぐとらえながら彼女はそう話した。
そして俺にニッコリとほほ笑みながら珈琲を指さした。
「まぁ、とにかく温かいうちに飲んじゃって。その珈琲、うちの自慢の商品だから」
つきみさんはそう言うと、厨房の方に帰っていく。
その後ろ姿を目で追いながら珈琲に口を付けた。
「おいしい」
そして、心の中で考える。
またもう一度来よう。
つきみさんのカッコいい考え方に押されたように俺はルンルンで家まで帰った。
*
「涼香が廉くん以外の男の子と話してるところなんて初めて見たわぁ」
厨房の方へと戻るとニマニマとこちらを見ながらそう言った母と目が合った。
先ほどまで廉はどうかなんて言っていたのに。娘が男とくっつくのを見てみたいだけのようだ。
そして彼が店を出て行ったあと、あることを思い出した。
ありがとうは言えたけど、名前またわからなかった。まぁ、別にクラス同じらしいしいつか分かるか。
そんな風に頭の中で一人解決していると母が顔を出した。
「涼香、あの男の子と知り合い?」
「うん。同じクラス」
「あらそう。じゃあ、これ明日届けてくれないかしら?」
そう言って手渡されたのは生徒手帳だった。
「もういなかったの?」
「えぇ、走って探したんだけど分岐点でわからなくなちゃって。
彼も走ってたのかもしれないわね」
「じゃあ、明日届けるね」
「えぇ、ありがとう。それにもう上がっていいわよ」
「え、まだ一人しか来てないけど」
「今日は早めに店仕舞いするつもりだし、大丈夫。
何かあったら電話かメールするから」
そう言われ、家まで戻る。
案の定、明かりはついておらず人もいない。
舞香の部屋に行ってもカバンが適当におかれているだけだった。きっとあの後、家に戻ったのだろう。
部屋を出ようとしたとき、ベッドの近くに写真が置かれているのが目に入る。写っていたのは舞香と廉。二人とも楽しそうに笑っている。
「なんか予習でもやるかぁ」
そう言いながら私は自分の部屋へと戻った。
舞香と廉の写真の隣にあった写真に気が付くことなく。
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