第16話 オープンキャンパス当日

 女刑事は、這う這うの体で逃げ出した。


 それを見送った咲良マルグリットは、ベストの位置で光学迷彩の魔法を解く。

 

 人の目ならば、たいした問題にならず。

 変にコソコソするよりも、誤魔化しやすい。


 どれを買うのか? で悩んでいるりょう愛花莉あかりに近づき、声をかける。


「愛花莉ちゃん?」


 緊張した様子で振り向いた愛花莉は、相手を見て、ホッとする。


「咲良おばさま……」


 顔を引きつらせたマルグリットが、要求する。


「咲良さん、でお願い! 有亜ありあには言わないの?」


「無理にさせる気はありませんから……」


 思い詰めた雰囲気に、マルグリットは息を吐いた。


「最後の思い出に?」

「はい……」


「なら、ペンダントがいいわよ? いきなりピアスは難しいし、後で戻せないから」


「咲良……さん。一緒に選んでもらえますか?」

「ええ!」


 様々な勢力に見張られたまま、未来の親子とおばさんの3人は、ショッピングを楽しんだ。




 ――明示めいじ法律大学の理工学部 オープンキャンパスの日


 ロマンがあるものの、目立った成果を上げていない、次元振動研究室。


 そこに、多くの見学者がいた。


 国籍と本当の所属も、多彩。


 梁愛花莉と話した男子大学生、草道くさみちは、この研究室の代表としていた。


 責任者である自汰じた教授も、行方不明のまま。

 他の連中は、ビビって逃げた。


 同じ研究室にいる近藤こんどう――言うまでもなく男子――を引っ張り出し、たった2人での説明。


 最後に会った研究員として任された以上、自分が案内するしかない。


 さもなければ、次に会った教授から引導を渡されるだけ……。


「えー! この研究室では一時的に別の空間と繋げて、遠隔地への迅速な移動または運搬を目指しており――」


 前日に慌てて探せば、普段は入れない場所への地図と、カードキー。


 どうやら、教授はそこに案内したかったようだ。


 こいつらに見せて、当たり障りがない説明をすれば、ミッションコンプリートだな!


「じゃあ、ウチの研究の一端を見せますので! 写真などの撮影はご遠慮ください」


 研究室の一部にあったドアを解錠して、暗闇に浮かぶ、下への階段を見た。


 入口のすぐ傍にある、年代物のスイッチを動かせば、ジジジと不安になる音を立てて上の照明がついた。

 あとから戻ってこないで済むよう、他のスイッチも入れる。


 左右の壁も古く、レンガを埋め込んだような、アンティークだ。


 迷ったが、近藤に最後尾を任せて、自分が先頭を進む。


 初めての場所で、空気も濁っている。

 けれど、風が通れば、外のような匂い……。


 外に通じているのか? と思いつつ、地下階段を降りていく。


 やがて、一番下にたどり着いた。


 青空が続いていて、大地には剥き出しの地面と、その左右で実っているトウモロコシ畑。


 通り抜ける風で、さわさわと揺れる。


「へ?」


 先頭の草道は、無意識に前へ進んだ後で、立ち止まった。


 なぜなら、明大めいだいの農場とは全く違うからだ。


 遠くに見える住宅はまるで――


USFAユーエスエフエーですわね……」


 女子の声だ。

 聞き覚えがある。


 梁愛花莉と名乗った女子高生がいた。

 前と同じ制服を着ている。


「だ、大学の施設かも――」

「あり得ませんわ! すでに、理解しているでしょう?」


 愛花莉の断言に、黙り込む。


 だが、見学者を引率しなければ。


「すみません! ちょっと異常がありまして、元の場所へ……」


 慌てて戻れば、上へ続くはずの階段はない。


 あるはずの場所には、先へ続くトウモロコシ畑だけ。


 土の地面で、自分たちの足跡がある。

 間違えようがない。


「そんな、馬鹿な……」


 近くで固まっている外国人のグループも、不安そうに話している。


「Gate?(ゲートか?)」

「Maybe.(たぶん)」


 英語は、すぐに分かった。


 その他にも、大陸語、ロシア語と、バラエティ豊かだ。


 日本でのお土産らしく、大きな箱を入れた紙袋を下げるか、デイパックを背負っている。


 注意したのに、カシャカシャと撮影しているが、とりあえず無視。


 最後尾にいた奴を見つける。


「近藤! ここから出てきたよな、俺たち?」


「あ、ああ……。そのはず、だけど……」


『オーイ! お前ら、来たのかー?』


 その声に、全員が注目した。


 目視できる距離に、見覚えのあるシルエット。


 同じ研究室の岡部おかべだ。


 片手を振っている。


 行方不明になっている男子の1人と分かり、草道は安心した。


 まさかとは思うが、本当にUSへ通じていて、こいつらは現地で暮らしていたのか?


 近藤と一緒に、話を聞くために走り出し――


 ドンッ!


 近くで重い発砲音がして、足がすくんだ。


 そちらを見れば、愛花莉がワンハンドで拳銃を構えていた。


 鈍く光るシルバー。


 下半分は、プラスチックらしき黒だ。


 鋭い眼光で、まだ銃口を向けたまま。


 その延長線上には、再会したばかりの岡部……。


 草道と近藤は、弾が当たって後ろへ吹き飛んだ仲間を見て、驚いた。


「何を!?」

「じょ、冗談だろ?」


 しかし、愛花莉は、片手を伸ばしたまま。


 銃口を下ろそうとせず。


 最初に動いたのは、K県警の吉見よしみ八代やしろ沙矢さやだった。


 スーツに隠したホルスターから拳銃を抜き、愛花莉に突きつける。

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